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石鹸の使い方

お風呂の石鹸の使い方で性格診断をします♪

※ 数少ないデータを基に私が独断と偏見で作成したものであり、学術的・統計的な根拠はまったくありませんのであしからずm(__)m


お風呂の石鹸がなくなったので、もらいものの新しい石鹸を出しました。デリケートな肌にも安心して使えるということですが、泡立ちが悪いうえに、流してもなかなかヌルヌルが落ちません。
こんなときあなたはどうしますか?

1.もったいないので我慢して使う。
2.「開けなければよかった」と後悔し、使うのをやめて新しい石鹸を買ってくる。
3.まったく気にせず使い続ける。
4.使わないが、「いいにおいだね。いい石鹸だと思ってくれたのかな」とくれた人を気づかう。
5.使いたくないので使わない。そして「変な石鹸だからくれたのかな」と言う。

このテストで、あなたがどのくらい自己中心的かわかります。

1を選んだあなた。
rokiタイプです。良く言えばエコ、悪く言えばケチで貧乏性で、地球と家計にやさしい。みんなが使いたがらない石鹸を自ら使うのだからジコチュー度は低めですが、大いばりで「しょうがないからママが使ってあげてるの!」などと言って恩着せがましくならないように気をつけましょう。

2を選んだあなた。
rokiの夫タイプです。家族のために新しい石鹸を買ってくるという優しさがありますが、開けてしまった石鹸をどうするかということはまったく考えていないので、隠れジコチュー度は高めです。普段は優しく穏やかなのですが、トラブルがあったときには隠れていたジコチューな性格がばれてしまわないように気をつけましょう。

3を選んだあなた。
こども3号タイプです。いつもマイペースで、周りに流されず自分の意志がはっきりしているのはいいことですが、それが裏目に出るとジコチューと思われることもあるでしょう。ときどき立ち止まって振り返り、このまま突き進んでいいのかどうかを確認して、ママを困らせないように気をつけましょう。

4を選んだあなた。
こども1号タイプです。生真面目な性格で、相手に気づかいを見せるなどの思いやりがあります。また、結局のところは使いたくないものは使っていないのにジコチューなところをうまく隠してしまう賢さもあります。賢いことはいいことですが、ずる賢くならないように、思いやりの心を忘れないように気をつけましょう。

5を選んだあなた。
こども2号タイプです。「変な石鹸だからくれた」と思うあなたは、自分が変なものを持っていて持て余していれば人にあげてしまうのでしょう。かなりのジコチューですが、いつもニコニコと愛嬌があって甘え上手なので、許されてしまう得なタイプです。しかし、世の中そんなに甘くないかもしれないので気をつけましょう。
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by roki204 | 2008-02-27 23:12 | 家族

はぐれる

こどもたちに『バーバパパかせいへいく』という絵本を読んであげていた。
バーバパパたちが火星へ向けて出発するので見送りの人たちに別れを告げている場面を読んだら、聞いていたこども2号が言った。

ママとはぐれるみたいだね

「はぐれる」? 微妙に使い方が違うけれど、そんな言葉、よく知ってるなあと感心して、そうだねと言いながら絵をよく見てみた。
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どうやら「はぐれる」は「逸れる」ではなく、「ハグれる」、つまり「抱きしめる」という意味の「ハグ」に、可能・受け身の「れる」を付け、「ハグをすることができる」もしくは「ハグをされる」と言いたかったらしい。
2号は「することができる」ということも「する」に「られる」を付けて「しられる」と言う。あえて直さなくてもそのうち気がつくだろうと思ってそのままにしていたので、「ハグれる」なんて造語もできてしまったのだろう。おもしろいので「ハグれる」も深く追求せずそのままにしておいた。
いつまでもこのままでは困るけれど、正しい言葉遣いをしられるようになるまで、もう少し楽しませてもらおう。
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by roki204 | 2008-02-25 22:24 | こども2号

タコチュー

うちのこどもたち、よく夫や私にチューをしてくれる。とってもかわいくて嬉しいことなのだが、ときどきふざけて、これでもかってくらいに必要以上に口をとがらせてタコみたいになって、ぶっちゅーっとよだれでべたべたの湿っぽいチューをするのには困ってしまう。
これをうちでは「タコチュー」と言っている。

千葉県には多古町という町がある。仕事で多古町の地図を見ていたら、多古町立多古中学校というのがあった。略して「タコチュー」。だよね、きっと。
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by roki204 | 2008-02-24 23:41 | ひとりごと

筋トレ

一般的に言って、筋力や体力は年齢と共に衰えるものだ。私くらいの年になると、年下のスポーツ選手が「体力の限界」などと言って引退するのを見てなんとなく寂しい気持ちなるなんてことも増えてくる。いずれやってみたいなーと思っているアイリッシュダンスやフラダンスも、こどもたちが大きくなって時間に余裕ができたときには私の体力に余裕がなくなっているかもしれない。・・・などと考えていたのだが、もっと若かった頃よりも筋力がついていることを意外なところで確認することができた。

毎年恒例の地区対抗ボーリング大会に出場したときのことだ。妊娠中だったり、こども3号がまだ小さかったりでここのところ出ていなかったので、たぶん3年ぶりの出場。私はボーリングがものすごくヘタクソで、今までの最低スコアは31。球速を測れるようになっているところでは、あまりにも遅いために「測定不可能」。ボールがピンに当たっても、1本ずつゆっくり倒れていくので、まるでドミノ。なので、チームに貢献することを期待されているわけではなく、ただ単に人数合わせのために呼ばれているだけだ。
ところが驚いたことに、やってみるとボールが軽い。今までは転がすのがやっとだったのでボールに変な回転がかかってしまい、大きく左に曲がってしまっていたのだが、あまり曲がらずに転がっていっている。スピードも前よりもあって、ちゃんとボーリングっぽく見える。ピンに当たれば、パタ、パタ、パタ・・・ではなく、パカーンと倒れている。
どうして今日はこんなに調子がいいんだろう?と不思議だったのだが、3人のこどもたちをいつもいつも抱っこしているうちに腕の力がついたからだろうと思い当たった。腕に筋肉がついてきたなと思いつつも、今まで実感する機会もないままだったのが、まさかボーリングで実感することになるとは。
まとわりついてくる3号を左手で抱っこしながら右手で投球、なんて芸当もまじえながらやった結果、1ゲーム目ではなんと今までで最高の129。しかも7フレーム目でストライクを出したので、くじ引きで景品をもらえることになり、スティッチの柄のクッションをゲット。同じチームの仲間にも「すごいねー!」と言われるほどの出来ばえだった。

こどもたちはどんどん重くなっていくので、1号なんてもうやっとの思いで抱っこしているような具合。「ママはお父さんみたいに力持ちじゃないから、もう抱っこできないよ~」なんて言っていて、いつの間にか自分にそんなに力がついているとは気づかなかった。逞しくなってしまった腕を見ながら、何の役にも立ってないのに見た目だけはゴツくなって・・・とため息をついていたのだが、意外と筋トレになっていたということか。これからもダンベル代わりに抱っこしていれば、こどもたちも喜ぶし、いつかダンスをやるときの備えにもなって、一石二鳥!になるかもね。
ここ2日間はこども3号が流行の胃腸にくる風邪をひいてしまったせいで、普段よりも長時間抱っこをしてやらなければならない状態だった。効果的な筋トレになるように、抱っこするときの姿勢にちょっと気をつけてみた。私に習い事をする時間的余裕ができるのはこの子が反抗期になった頃だろうか、そしたら「小さい頃は『ママ、がっこ~』ってべたべた甘えてたくせに」ってからかってやろうか、でもそんなことしたらもっと反抗するか、なんてことを考えながら。
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by roki204 | 2008-02-22 23:35 | ひとりごと

私たちの命を守るもの

19日の早朝、千葉県の野島崎の沖で、漁船「清徳丸」に海上自衛隊護衛艦「あたご」が衝突した。

このニュースを見て、ずいぶん前に読んだ「マガジン9条」というホームページの中の「伊藤真のけんぽう手習い塾」の「第6回 憲法が目指す平和主義」(2006年1月25日にアップされたもの)に書かれていたことを思い出したので、長くなるけれど引用する。

 
古今東西、そもそも軍隊は住民や国民を守るものではないのです。前回も司馬遼太郎さんの「軍隊は住民や国民を守るものではない。」という言葉を引用させていただきましたが、このことは軍事の専門家も常識だと言っています。

潮匡人さんという自衛官出身の軍事専門家の方が、「軍隊は何を守るのかと言い換えるなら、その答えは国民の生命・財産ではありません。それらを守るのは警察や消防の仕事であって、軍隊の本来任務ではないのです。」とはっきりと指摘されています(『常識としての軍事学』中公新書ラクレ188頁)。これが軍事専門家のいうところの軍事の常識なのです。私たちもこの常識を前提に議論しなければなりません。

それでは軍隊が何を守るのかというと、国体、または日本の文化伝統ということだそうです。ひとり一人ではなくて抽象的な国を守るというわけです。

間違っても、外国が攻めてきたときに、私たち住民、国民を軍隊が守ってくれると考えてはいけません。外国が攻めてきたときに、私たちの命や財産を守ってもらうために軍隊が必要なんだという議論は、そもそもその前提において軍事の常識から外れてしまっていて成り立たないのです。


外国が攻めてきたときに、私たちの生命と財産を守るためには軍隊、自衛軍が必要だと言う人はよくいる。しかし、引用部分の前に伊藤真も言っていたことであるが、そもそもの前提としてどこかの国が日本に攻め込んでくるかもしれないとすることはおかしなことである。もし攻め込まれたらなんてことを考えるよりも、攻め込まれないようにするにはどうしたらいいかを考えるべきであり、外交や諸外国との協力などによっていろいろな問題を平和的に解決できるようにすればいいのである。
でも、百歩譲って(いや、百万歩くらいかな?)攻め込まれたらということを考えたとしても、軍隊は私たちを守ってはくれないのである。私たち一人ひとりではなく、抽象的な国を守るのが軍事の常識なのだ。
世界トップクラスの最新の護衛艦なのに漁船のすぐ近くに行くまで気づかず、よけることもできずに衝突するようでは、抽象的な国を守ることもできるのかどうか、はなはだ疑問だが。それともイージスシステムは防空のためのものなので船は見えませんとでも言うのだろうか。
やっぱり私たちの命を守るために必要なのは、軍隊ではなく、憲法9条だ、と思う。

清徳丸に乗っていた2人はまだ行方不明だ。無事に戻ってこられるようお祈りしています。
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by roki204 | 2008-02-20 22:58 | ひとりごと

イッチ

こども3号がまた新しい言葉を覚えて言えるようになった。それは「イッチ」。
お風呂でいつも最後に「『いーち、にー』しようね」と言って、10まで数えてから「おまけの汽車ポッポ」を歌って出るので覚えたようだ。昨日、お風呂に入っていたら「イッチ、イッチ!」と言い出した。
今までは、もう出たいというときには「ないない(「片付ける」という意味)」と言っておもちゃを片付けることで意思表示していたけれど、10まで数えて出ようと言いたかったのだろう。「もう『いーち、にー』して出るの?」と聞くとにっこり。ちゃんと言いたいことが通じたのと、私が「言えたね~」とほめて、後で夫にも報告したのが嬉しかったようで、お風呂から出た後も何度も繰り返して「イッチ、イッチ!」と言っていた。
その後でアンパンマンの絵本を読んでいたときにも、アンパンマンの意味のベビーサインをして
「イッチ、イッチ!」
しばらくわからなかったのだけれど、ひょっとして・・・と思い、アンパンマンの歌の「サンサン体操」を歌ってみた。

♪ いち、にー、さん! いち、にー、さん! いち、にー、さーん! ・・・

3号はぱっと顔を輝かせて踊りだした。
ということは、「イッチ」というのは単なる「お風呂から出るときの言葉」というだけではなく、ちゃんと「1、2、3・・・」という意味で言っているのだ。うーん、賢い!
だんだん言葉が増えてきて、ベビーサインだけでなく言葉でも意志の疎通ができるようになってきている。ただし、お風呂に入っているときの「イッチ」は、お湯が熱いときに言う「アッチー」に似ているので、聞き取りに注意しなければ!
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by roki204 | 2008-02-18 22:49 | こども3号

作らないほうが豊作

ずいぶん前に、うちではカボチャとトウガンは作ってはいけないことになっていると書いた。いろいろな古い言い伝えのある家なので、そんなものまであるなんておもしろいなーくらいにしか思っていなかったけれど、OMAさんに「持ちつ、持たれつの精神で村のもの同士仲良くするため」じゃないかと言われ、なるほどそうかもしれない、きっとそうだと思い直した。よーし、おばあちゃんに理由を聞いてみようと思いながら、ずっと聞きそびれていたこのことを、ついに先日聞くことができた。
ところが、おばあちゃんの答えは・・・

「昔、カボチャとトウガンを作ったときに何か不幸があったんでしょう」

あれ、それだけ? 続きはないの? 縁起が悪いからとかなんとか、そういう迷信みたいな理由だけ?
いろいろな野菜をちょこっとずつ何種類も作るのは、手間もかかるし効率が悪い。それよりも地域のコミュニティで分担して作れば効率よく作れるし、コミュニティの結びつきも強くなる。それをストレートに言わず、縁起が悪いからなどという理由をつけて、それぞれの家で作ってはいけないものがあるんだと言い伝えてきたのは、昔の人の知恵・・・そんなストーリーを考えていたのに。
でも、おばあちゃんの話には、私の予想とはちょっと違う続きがあった。

「私の生家ではショウガでしたよ」

おばあちゃんの生家は同じ千葉県内だが、車で1時間近くはかかるところだ。そこでも作ってはいけないものがあったのか。

「作らないほうが豊作だって言ってましたよ」

作らないほうが豊作というのは、作ると凶作だとか不幸があるとかの迷信みたいな話かなと思いきや、

「作らなければ、みんながくれるから、そのほうがよっぽど豊作だってね」

おばあちゃんはおかしそうに笑っていた。

つまり、おばあちゃんの話によれば、コミュニティの結びつきを強くすることは、作ってはいけないものがあるということの目的ではなく、結果的にそうなった、ということになる。
離れた地域でも同じように作ってはいけないという言い伝えがあるのは不思議だし、いろいろな野菜を作っていたはずなのにカボチャとかショウガとか不幸があったことの原因が特定されているのも不自然。そういうことを考えると、おばあちゃん説よりもOMAさん説のほうがもっともらしく聞こえはするが、結果が同じならば、どっちだって、めでたしめでたし。
でも、都会に比べればまだまだ良きにつけ悪しきにつけ地域の結びつきが強いこの辺りでも、昔に比べればだんだんつながりが弱まっているのに、作ってはいけないという言い伝えだけはしぶとく残りそうであることは少し寂しい気もする。なんてことを、私はいまだに隣近所の屋号すら覚えられずにいるくせに、思ってしまうのである。
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by roki204 | 2008-02-12 23:02 | 千葉のあれこれ

1歳6か月児健診

こども3号の1歳6か月児健診があった。泣いてしまう子、身長・体重を測れないほど大暴れして嫌がる子も多い中で、3号は全然泣かずに、大人しく健診を受けることができた。
体重10.6キロ、身長79.7センチは平均とほぼ同じ。ちなみに、2号の1歳6か月のときともほぼ同じ。1号は体重は同じくらいだけれど、身長は82センチだったので少し大きかった。虫歯はなく、内科健診も異常なし。個別の面接でも何も問題はなかった。

面接ではどんな言葉をしゃべるかということも聞かれた。「ブーブー」や家族それぞれの呼び名、「やだ」とまで言ったところで、あれ、ほかに何をしゃべるんだっけ?と考え込んでしまった。ベビーサインでの会話が多いので、しゃべる言葉はほかにはあまり思いつかない。ベビーサインのことを言ったのだが、保健婦さんは知らないのだろうか、いまいち反応がない。普段、3号と話が通じなくて困ることもなく、会話を楽しんでいるのに、これじゃあそのことが伝わってないかも。何かしゃべれる言葉をほかにも言わないと・・・と思って、あ、これがあったと思い出した。
「『なんない』って言います」
「え?」
「おもちゃなどの音が出なくなってしまったときに、鳴らないという意味で『なんない』と言います」
「・・・・・・けっこう難しい言葉もしゃべるんですね」
3号がたくさんしゃべれるということが伝わったかどうかは定かではないが、様子を見ているうちに聞いたことはよく理解しているということはわかってもらえたようであった。

おかしかったのは、栄養に関する話を聞いているとき。保健婦さんが前で身振り手振りを交えながら話していたのだが、3号は先生が手遊び歌をやっていると勘違いしたらしい。一生懸命まねをして手を動かしていて、上手だねとほめると嬉しそうだった。
1号、2号も一緒にいたのだけれど、手を動かしていたのを見たのは私だけ。帰ってきてからばあばや夫に話すたびに、「1号は見てなかった」と不満そうに言っていた1号もおかしかった。

翌朝、保育園へ行き、先生に健診のことを報告すると、
「いい子すぎるって言われませんでしたか?」
と笑っていた。先生たちにはいつも「ほんとにいい子で、話がよくわかるし、次に何をやるかもよくわかっていて自分からどんどんやっている」とほめられるのだ。でも、
「最近はときどき悪いこともするんですよ」
とも。「いいんだか悪いんだか」と私が答えると、ベテランのその先生は「いいことですよ」と言ってくれた。3号が保育園でものびのびとリラックスして過ごすことができていること、それを先生が暖かく見守ってくれていることが嬉しかった。
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by roki204 | 2008-02-09 00:39 | こども3号

節分

東京の実家にいた頃は、節分と言えば豆まきしか知らなかったのだけれど、ここではこんなものもある。
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鬼が来ないようにとイワシの頭とヒイラギの葉を飾る風習が昔からあるそうで、うちのはヒイラギだけでなくトベラも飾っている。毎年じいじがやってくれているのだけれど、初めて見たときは「何これ?!何かの嫌がらせ?」と驚いてしまった。
こどもたちは保育園でもちゃんと教えてもらっていて、「なんの葉っぱを飾るのかな?」という先生の問いかけに、こども2号が「ヒイラギ!!」とものすごく大きな声で答えていたということを1号が話してくれた。ちゃんと覚えていて、元気に答えられるなんてすごいね。

でも、やっぱりこどもたちにとって楽しいのは豆まき。夫と一緒に元気にやっていた。

「鬼はー外ー!鬼はー外ー!福はー内ー!」

「鬼は外」と2回、「福は内」を1回。これを各部屋でやるのが決まり。まいた後は拾ってパクパク。年の数、なんてこどもたちと私では、反対の意味で無理だけど、みんなでおいしくいただいた。

さて、その後のこと、こどもたちは「すっごくいいことをやるんだから、いいって言うまで部屋に入らないでね!」と言い残してこども部屋に行き、なにやらごそごそ。しばらくして、「見てー!」と言いながら出てきたのは・・・
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自分たちで作ったかわいらしい鬼のお面をつけて、なぜかズボンをはいていないこども1号と2号。

「鬼だからパンツでーす!」

鬼だからパンツって・・・ヽ(;´Д`)ノ
でも、わざわざパンツ1枚になって「そんなの関係ねぇ!」ってやるという職場の先輩の子どもたちに比べれば、シャツとトレーナーは脱いでなかったうちのこどもたちはましと言えばましなのかも。
そして、ご丁寧に紙を折って作ったますに、これまた紙を2センチ角くらいに切って作った“豆”をたーくさん入れて持っている。「お父さん、鬼やって!」とお面を渡し、「鬼はー外ー!」と叫びながら追い掛け回し、紙をまき散らした。ヒラヒラと舞う紙はきれいだったけれど、ふと気がつけば部屋中紙くずだらけ。
まあ、こどもたちが考える「すっごくいいこと」というのは、たいていの場合、親にとってはあんまりいいことじゃなかったり、後が面倒なことだったりするわけで。それでも、こどもたちは後片付けもけっこう自分たちで頑張ってやっていたし、おもしろかったし、自分たちで考えて作って遊べたというのはとても素敵なことだと思うし、楽しい節分になってよかったよね。
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by roki204 | 2008-02-05 00:36 | こどもたち

ゆずゴマ味

こどもたちを寝かせてからビールを飲むときのつまみ用にと夫が買ってきておいたポテトチップをしまい忘れ、こどもたちに見つかってしまった。「食べたい、食べたい!」と騒ぐので、お茶のときに食べさせてやろうかと思ったら、辛そうな味だからやめたほうがいいだろうと夫。

「こっちは沖縄スパイス味だから辛いだろうし。あ、でもこっちなら大丈夫かな。ゆずゴマ味だから。じゃあ、これをみんなで食べていいよ」

そう言って、夫は一人で出かけていった。

さて、お茶の時間。遊びに来ていた友達と一緒に、こどもたちは楽しみにしていたポテトチップを食べ始めた。

「辛~い!!」

え? 辛いの? ゆずゴマ味だから大丈夫ってお父さんが言ってたんだけど。袋を見てみると・・・

ゆず胡椒味

夫よ。「胡椒」は「こしょう」と読み、ゴマは「胡麻」と書くのだよ。しっかりしてくれ。
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by roki204 | 2008-02-02 22:58 | 家族