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こども3号の成長記録 7ヶ月

先月半ばから始めたこども3号の離乳食は順調に進んでいる。肉や卵などはあんまり早く始めるとアレルギーの原因になる可能性があるという話を聞いたので、今のところはおかゆ、野菜、果物くらい。私が焼いたパンも好きで、おいしそうに食べている。それから、みんなでお茶をやるときの赤ちゃんせんべい。モグモグして飲み込むと口を開けて次を待っている様子は鳥のヒナみたい。食べている3号も、食べさせているじいじ、ばあば、1号、2号もみんな楽しそうで、幸せなひと時。
こないだのお茶のときには、おばあちゃんが干し芋を3号にかじらせていた。そのときの様子を1号が描いたものがこれ。
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3号が嬉しそうな表情で夢中になってかじっている様子がよく描けている。

この絵でもわかるとおり(?)3号の目は大きい。3号に会った人のほとんどが「目がぱっちりしているねえ」と言う。そんなとき3号は人見知りもせずにニコニコしているので、どこでもかわいがられる。こんなところは2号に似ている。人見知りはしないけれど、たった一人、私の父だけは苦手で、顔を見ただけで泣き出す。こんなところも2号と同じ。

2週間ほど前には歯が1本だけ生えてきた。普通は2本まとめて生えてくるのに1本だけ。こんなところは1号と同じ。小さくて白い歯はなんともかわいらしい。1号や2号も歯の話をするときには「3号がにこってしたらかわいい歯が見えたよ」などと「かわいい」という形容詞をよくつけている。
歯が生えてももちろんかわいいけれど、私は歯がない赤ちゃんに指をかじられる感触が好きなので、今のうちに満喫しておかなくちゃ。

体が柔らかいので、よく自分の足を持って遊んだり、なめたりしている。こういうところも1号と同じ。

うつぶせになったときには、腕を突っ張ってグッと上体を起こすようになった。おしりは「あっ、今一瞬持ち上がったよね?」という程度だから、はいはいができるようになるのはもう少し先のこと。それでも、アザラシみたいな格好で手足をバタバタ、モゾモゾやっているうちに少しは移動している。後ろに下がってしまったり、おなかを中心に回転しているので、本人の意図した方向ではなさそうだけど。

おしゃべりはさらに上手になった。「あー」とか「ぐっぐっ」とか。自分の名前を言っているように聞こえるときもある。
おっぱいがほしいときはちゃんと言う。文字にすると「ぉぱーぃ」という感じ。偶然、そういう声を出しているだけかもしれないけれど、どうもちゃんと意味をわかってて言っているようにも思える。賢い子だ。(単なる親バカ?)
呼びかけるように「おっ」なんて声を出すときもあって、そういうときに返事をしてやると、とても嬉しそうににっこり笑ってもっとしゃべるので、会話をしているようで楽しい。

本が大好き。もっと小さい頃から、絵本を読んでやると興味津々でじーっと見つめていた。最近、楽しんでいるのは、本を握ってくしゃくしゃにしたり、かじったりすること。なので、絵本よりも雑誌や新聞のほうがお気に入り。飲み込んでしまってもいけないし、大事な本を破かれても困るので、近くに本は置いておけない。

ケラケラ笑うことは多いけれど、ツボはいまだにわからない。「これをやったら大笑いしたんだよな」とじいじが何度もボールを投げて見せても、二度目は笑わず、翌日も翌々日も笑わず、じいじはがっかり。

鼻水が出ていたり、痰がからんでいることも多いので、まだ寒い外にはなかなか連れ出してあげられないけれど、もう少し暖かくなったら外へ出て、いろんなものを見たり、聞いたり、触ったりして遊ぼうね。
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by roki204 | 2007-02-28 10:19 | こども3号

大人になったら・・・

夕食の後、夫が紅茶をいれてくれた。こどもたちは「熱いから水を入れて」と夫に頼んだけれど、「おいしくなくなっちゃうから冷めるまで待って飲みなよ」と夫は答えた。私はいつも水を入れちゃうんだけどね。
飲みながらみんなで話していた。ピーナッツバターがなくなっちゃったから作らないとね、パンはまだあるから明日焼けばいいか。すると1号が言った。

「大人になったら、1号もピーナッツバター作る!」

そうだね、作るといいよ。
それを聞いていた2号が言った。

「2号は、大人になったら、熱いお茶飲む!」

・・・・・・そうだね、飲めるようになるといいね。
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by roki204 | 2007-02-27 11:26 | 家族

地区対抗スポーツ大会

結婚してこの地で暮らし始めて東京との違いに驚いたことはたくさんあるけれど、その一つに地区対抗スポーツ大会というものがある。年に数回開催され、種目はバレーボール、ボーリング、綱引きなど。今の時代でもこんなことやってるところがあったんだ・・・とびっくり。そして、バレーボールではママさんバレーをやっている人たちが大活躍とか、綱引きだったらどこそこの地区が強くていつも優勝とか、意外と盛り上がる行事であることにさらにびっくり。
そうは言っても、どこでもやっているというものでもない。地域ごとに温度差はあって、街中の地域ではやっていないらしい。盛んにやっている地域内でもまた地区ごとに温度差があるのだが、地域の行事にある地区だけが不参加というわけにもいかないので、毎回人集めに苦労する地区もある。うちの地区がそうだ。
回覧板を回したり、地区の会長が声をかけて人集めをしてもなかなか人は集まらないので、ここ2年くらいはほとんど参加メンバーが固定されていて、うちの地区の会長夫妻、副会長夫妻、前会長夫妻となっている。前会長夫妻というのが私たちのことだ。

こないだもボーリング大会があり、どうやら夫が勝利に貢献し、うちの地区は2位だった。私は今回は参加していなかったのだけれど、打ち上げには呼んでもらえたのでこどもたちを連れて行った。帰りに運転しなくてはならないのでお酒は飲めないけれど(さすがの私も夫に運転させて自分が飲むなんて体裁の悪いことはご近所さんの前ではできない)。
会長さんはいつもいろいろとうんちくを披露してくれる。これがけっこうおもしろいので、聞くのを楽しみにしている私は今回もウンチク氏に話を振ってみた。話題は最近発売されたウインドウズのビスタ。「詳しいんでしょ?」と聞いてみると・・・

「いやあ、そんなこともないけど。そもそもウインドウズっていうのは・・・・・・(長いので中略)、それでXPが出たんだけど、それは・・・・・・(中略)、今度出たビスタとXPの違いは・・・・・・(以下略)」

といった具合。以前は株のことが話題になったこともあった。そのときはネットやケータイでも取引できるという話から、災害が起きたら建築関係の会社の株が上がるだろうというように社会全体の動きを見て予測するなどという儲けるためのコツまで教えてくれた。それならさぞかし儲けているのだろうと思いきや、「う~んトントンかなあ。あの会社が倒産したのが痛かった」だって。そういうちょっと抜けたところや人柄の良さがあるからうんちくが嫌味に聞こえないのだ。奥さんは「私はこういうの全然わかんなくて」と言っている。ウンチク氏はいつも話しているんだろうに、奥さんは聞き流しているのかな?

副会長さんはと言えば、“ここで生まれ育った跡取り”ということはウンチク氏やうちの夫と同じだけれど、一番「純粋培養」といった感じの純朴な人だ。純粋培養氏のお隣は早起きで朝の5時頃に回覧板を持ってくるので、まだ寝ている時間だから玄関先に置いていってくれと頼んでも「いんやダメだ、回覧板は大事なもんだから、ちゃーんと手渡ししねーと!」と取り合ってくれないと嘆きつつも、自分もいずれは同じことをやりそうだと笑う。

この2人、それぞれとても味わい深い人たちなのだが、2人が揃うと絶妙な組み合わせになる。

純粋培養氏「ラスベガスに行ったんだよね?」
ウンチク氏「新婚旅行でね。ラスベガスとハワイに。ラスベガスでは・・・・・・(以下略)」
純粋培養氏「すごいよねー。この地区でラスベガスに行った人は他にはいないだろうね」

“この地区で唯一”という発想に笑ってしまうが、実際、いないだろうと思う。ここはそういうところだ。純粋培養氏が続けて言うには

「これからの時代を考えると、子どもたちには小さいうちから海外へ行くっていう体験をさせてやりたいんだけど、東京に行くだけでもすごい贅沢をしたような気になって『学校で友達に東京に行ったって自慢できるべ』なんて言っちゃって」

「東京のどこが贅沢なのよ」と隣で東京出身の奥さんが笑っていた。息子さんに「どこか行ってみたい国はある?」と聞いてみたら、はにかんだように笑いながら「よくわからない」と言っていた。きっと彼もお父さんのような家族思いで純朴な人になるんだろうな。

ウンチク氏は今年度で任期満了し、来年度は純粋培養氏が会長に昇格する。まだしばらくはこのメンバーでスポーツ大会に参加することになりそうだ。地域の行事は面倒なことも多いけれど、おもしろいこともあると思えるようになってきた。
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by roki204 | 2007-02-22 11:31 | 千葉のあれこれ

ファンタジーと映画化と個性ある誤解

「授乳の時にはテレビを観たり本を読んだりしながらではなく、赤ちゃんの顔を見ながら、授乳することに集中すること」などということが育児書には書いてある。そうは言っても、赤ちゃんが飲むことに集中していればこっちの顔なんて見やしないし、眠ったまま口だけ動かしているときも多い。そうなってしまうとヒマだなあと思って、つい本を読んでしまう。そういうときは難しくて重たい内容の本だとおっぱいがまずくなりそうなので、軽めのものがいい。ファンタジーならもともと好きだし、うってつけ。映画化されたものは、なるべく映画より先に原作を読むことにしているので、読んでおきたいものはたくさんある。

最近読んだものは「ゲド戦記」。1、2巻はずいぶん前に読んでいたけれど、ジブリで作った映画は3巻をメインに4、5巻と外伝も少しずつ入っているらしいので、最初から読み直そうと思い、図書館で借りてきて全部読んだ。
そのとき一緒に借りてきた『憲法九条を世界遺産に』に「ゲド戦記」の作者アーシュラ・K・ル=グウィンの両親のことが、ほんの少しだけれど出てきたというのも不思議な偶然だ。
ル=グウィンの父親は人類学者のアルフレッド・クローバーで、アメリカ先住民ヤヒ族の最後の生き残りであるイシの調査をした人だ。アルフレッド・クローバーの死後、その妻であり、ル=グウィンの母親であるシオドーラ・クローバーが、夫の残した記録をもとにイシの伝記『イシ-北米最後の野生インディアン-』を書いた。
ウィキペディアでイシのことを調べたら、「イシ」はヤヒ語で「人」という意味で、彼の本名は知られていないそうだ。ヤヒ族社会では自分の名前をみだりに他人に告げることはなく、部族最後の生き残りであった彼の本当の名は、明かされることなく彼とともに葬られてしまった。
「ゲド戦記」の中でも自分の名前をみだりに他人に告げることはない。ル=グウィンはイシに会ったことはないかもしれないが、真の名前が重要な意味を持つアースシーという世界を舞台にした壮大なファンタジーを創るときに、ヤヒ族のこのしきたりをベースにしたのではないだろうか。

アースシーや中つ国やナルニアなど、ファンタジーの大傑作の舞台となっている世界は、そのすべてを作者がゼロから創り出したわけではなく、民話や伝説や聖書、または自分の体験したことをベースにして、そこからふくらませて創っているのだろう。でも、そのことはこれらのファンタジーのオリジナリティーを損なうものではない。それは、作者が一貫性のある自分なりの世界観を持って創り上げた物語だからだと思う。そんな物語なら、自分もその世界の住人になったみたいに楽しむことができる。
けれど、映画の「ゲド戦記」はどうだろうか? まだ観ていないからはっきりしたことはわからないのだが、どうやら原作とはかなり違うようだ。宮崎駿の「ハウルの動く城」も原作とは違っていたが、大筋は変えないまま、いたるところに自分なりのアレンジをちりばめて、その結果「宮崎駿の世界」になっていて、それはそれでいいのかなと思う。でも「ゲド戦記」は原作の長い物語の中から気に入ったエピソードを断片的に取り出して、切り貼りしてしまったようだ。それではル=グウィンの世界の再現も、自分の世界を創ることもできていないのではないだろうか。それなら「ゲド戦記」などとしないで、もっとオリジナリティーを出して違う物語を作ればよかったのに。ひょっとして、始めから「ゲド戦記」を映画化したかったわけではなく、自分なりの物語を作りたかったのに、あの「ゲド戦記」を初めて映画化したと言えば売れるとでも思ったのだろうか。原作者や原作のファンが観てから怒ったとしても、それも話題となってさらに売れて、興行的にはプラスになる。そんな計算をしたのでは?と意地悪な見方もしたくなるのだが。

ところで、『憲法九条を世界遺産に』の中で太田光はこんなことも言っていた。誤解をなくそうとやりとりするのがコミュニケーションだけれど、その一方で誤解にこそ人の個性があるので誤解することも大切だと。太田光は大好きな映画監督のテリー・ギリアムにインタビューしたときに、ギリアムの作品である「フィッシャー・キング」について「お前の解釈は間違ってるよ」と言われ、「いや、あなたのほうこそ間違ってる。僕が解釈したことにあなたがとやかく言う筋合いはないよ」と言ったそうだ。
そんなことを作った本人に言うなんてと笑ってしまうが、それも一理あるなあとも思う。本や映画などの作品は、人とのコミュニケーションとは違い、基本的には一度発表されてしまえば作り手と受け手の間で「誤解をなくそうとやりとりする」ことはない(「ゲド戦記」は「最後の書」という副題を付けた4巻の後にも外伝と5巻が出ていて、誤解をなくそうとしたのかなと思うが)。原作があって映画化したものともなれば、原作を読んだとき、映画化したとき、映画を観たとき、あちこちで誤解が生まれるのも当然のこと。原作ファンはほとんど必ずと言っていいほど映画にケチをつけるし、それがファンタジーであればなおさらだが、原作者からすればどっちも間違った解釈なのかもしれない。でも、どう解釈しようと自由だし、その解釈が人と違えば「誤解」と言われることもあるけれど、それも個性なのだろう。
だからこそ、映画化されたものに文句を言いつつ、文句を言うこと自体を楽しんでいる人も多いのではないだろうか。文句を言うことで原作への自分の思いの深さを示そうとして、映画のあら捜しをしていたりして。そして原作ファン同士で「あの解釈はおかしいよね」などと言い合ったりするのだけれど、そこでまた意見が分かれたりするのもおもしろい。

映画の「ゲド戦記」が、「人の個性であるところの誤解」の範疇を超えているのかいないのかはわからないが、やっぱり観てみようと思う。そして、映画会社の思惑などはこの際考えるのはやめて、みんなで文句を言い合いながら、誤解することを楽しんでしまおう。
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by roki204 | 2007-02-18 16:58 | 本や映画

ひらがなの勉強 進捗状況

前に「ひらがなの勉強」というタイトルでこども2号が読むのも書くのもまだまだ・・・ということを書いたけれど、本人は興味はかなり持っているようで、書いたり読んだり(の真似事)はしている。お風呂に入ったときも、壁に貼ってあるひらがな表を指差しながら読んでいた。

「た! し!」

おお、ちゃんと読めてるじゃないか! すごいすごい。

「にゃ!」

・・・・・・それは「にゃあにゃあ」の「にゃ」じゃなくて、「ねこ」の「ね」なんだけど。
やっぱり字を読んでいるんじゃなくて、横に書いてある絵を見ているだけだったのか。そういうわけなので、「はなび」の「び」も「はなぢ」の「ぢ」も

「は! は!」

そういうとき、1号はたいてい優しく「これは『び』だよ」なんて教えてあげている。2号も「1号ちゃんが読んでくれないと、2号は読めないの」なんて、しおらしいことを言っている。
そういえば、私も子どもの頃、姉に九九の特訓をやらされたことがあったっけ。今考えると妙なやり方だったような気もするけれど、そのときは楽しくやっていたし、いい思い出だ。1号と2号も大きくなってから「あのときは楽しかったね」って思い出すのかな。
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by roki204 | 2007-02-16 10:42 | こどもたち

読唇術

こどもたちが声は出さずに口だけ動かして、なんと言ったのかを夫や私が当てる遊びがある。これは唇の動きを読む「読唇術」というだけでなく、こどもたちがどんなことを言いそうか推理して当てるという「読心術」の要素もかなりある。

「これ、何かわかる?」

こども2号が言って、口をパクパク動かした。この動きは「あいうえお」だよなあ。でも、ボケをかまして「かきくけこ」って言おうか。いやいや、ストレートに答えたほうが喜ぶだろう。そう思って「あいうえお」と答えた。

「ブッブー! さしすせそ!」

(@_@;)

「じゃあ、これ何かわかる?」
そう言って、また口をパクパク。口の動きはさっきと同じみたいだけど・・・。「かきくけこ?わかんないよ。なあに?」

「泣きっ面に蜂!!」

\(゜ロ\)(/ロ゜)/

不思議な思考回路を持つ2号には、私ごときの読心術では太刀打ちできず、完敗・・・。
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by roki204 | 2007-02-14 09:50 | こども2号

ピーナッツバター

ついに作りました、ピーナッツバター!
私がお茶の時間のたびに落花生をポリポリ食べながら「ピーナッツバター作ってみたいねー、おいしそうだよねー」と言っていたものだから、こどもたちも作りたいと騒ぎ出し、それならすりこ木でやってみるか!となったのだ。作ってみて美味しかったら、やっぱりフードプロセッサーを買おう、美味しくなかったら買わなくていいやってことになるかもしれないし、それを考えるためにも手で作ってみないとね。
まずはどのくらいの手間がかかるのか、どの部分はこどもたちも一緒にできるのかを確認するために私が一人で挑戦。薄皮をむいた落花生を包丁で刻んでみると、思っていたより軟らかく、簡単に刻める。そしてすり鉢へ入れて、すりこ木でゴリゴリゴリゴリ・・・。こちらも量が少なかったせいか、意外とすぐにしっとりねっとりしてきた。そこへバターとメープルシロップを投入。
完成!・・・と言いたいところだったけれど、いまいちボテボテしていてねっとり感が足りないようだ。そういえば、こどもたちが好きなのは「ピーナッツホイップ」というものだったっけ。ホイップって言うからには生クリームが入っているのかな? 生クリームはないから、牛乳をちょっと入れてみるか。ところがこれがまずかった。混ぜてるうちに油が分離して、もっと硬くなってしまった。どうしよう?!と思いつつ、少しずつ混ぜていったらなんとか混ざったので大丈夫だったのだけれど、成功とは言い難い。それでも味は悪くなく、こどもたちも「おいしい!」と喜んでいたし、夫も「悪くない」と言っていた。もっとも夫は人が作ったものにケチをつけることはないので、「悪くない」と言うときには、上は「まあまあ」から下は「『嫌いで食べられない』のちょっと手前」まで幅があるのだけれど。

とにかく、リハーサルは済んだし、こどもたちも作りたがっていたので、2回目は一緒に作ることにした。落花生はビニール袋へ入れて、こどもたちにすりこ木で叩かせて砕いた。そしてすり鉢へ。これはコツがわからないと力が入りすぎたり、うまくできなかったりするので、こどもたちには難しかったようだ。「おもしろいけど疲れたから、後はママがやって」
そこで私がゴリゴリゴリゴリ・・・。ピーナッツバターらしくなってきてもすぐにはやめず、さらにスリスリスリスリ・・・。すると、もっとねっとりしてきた。やっぱり1回目でねっとり感が足りなかったのはすりつぶし方が甘かったのだ。
「ほら、美味しそうになってきたよ」と私が言うと、こどもたちも喜んで、また一緒にスリスリ。そうして完成したピーナッツバターは、まだ改良の余地があるとは言え、1回目のものよりもっと美味しくできた。
そのピーナッツバターを、こどもたちと手作りしたパンにつけて食べたら、もちろん美味しかったのだけれど、美味しいかどうかということを抜きにしても、嬉しくて幸せな気持ちになれた。よし、もっと研究して、もっと美味しいのをまた作ろう!

というところまではよかったんだけど・・・。
フードプロセッサーを使うとどうなんだろう? 簡単にできるのは間違いないけれど、味はどうだろうか。もっとなめらかにできるんだろうか。美味しくできるとしても、ピーナッツバターのためだけだったら数千円出して買うっていうのもなんだし、こどもたちと一緒に作る楽しみもなくなっちゃうよなあ。でも今は育児休業中だからできるけど、仕事に復帰したら作ってる時間もないしなあ。
そういうわけで、結局、フードプロセッサーを買うかどうかはいまだ決められず。何やってんだか。
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by roki204 | 2007-02-07 12:05 | ひとりごと

便利と引き換えに

こども3号あてに生まれて初めての手紙が届いた。手紙と言ってもダイレクトメールだけれど。初節句のお祝いをウチでやりませんかという案内で、その店は私たちが一度も利用したことのないところだ。それなのに3号あてに、初節句だということまでちゃんとわかっていて、というのが気持ち悪い。まだ保育園にも通っていないのだから、3号の名前や生年月日が載っている名簿なんてないはずで、たぶん住民票で知ったのではないかと思うのだけれど、勝手に調べておいて悪びれもせずにダイレクトメールを出してくる神経が理解できない。
でも、さすがに最近ではそんなことは言わなくなったが、1号の初節句のダイレクトメールが届いたときには、義母は「住民票で調べたんでしょ。1号ちゃん、よかったねえ、お手紙だよ」などとこともなげに言っていた。それを考えると、「こちらの情報が知られている=悪用されるおそれがある」と疑ってしまう自分が哀しくもあるし、疑わざるを得ない世の中になってしまったことが怖くもある。

こないだ携帯電話を使っていたときにも怖いことがあった。メールに電話番号を書いて送信したら、「電話番号が書いてあったのでブロックされ送信できませんでした」というメールが送られてきたのだ。私が送信してから1分もたたないうちに。機械的に数字をチェックしているだけだろうが、この技術を応用すれば特定の言葉を検索することで、誰がいつ誰宛てにどんなメールをしているのか、常に監視することができる。安全のためのチェック機能なのだろうが、メールがすべてチェックされていると思ったら背筋が寒くなった。
斎藤貴男の『安心のファシズム』に書かれていたけれど、携帯電話は便利になればなるほど、どこでどんなものを買ったか、今どこにいるかという行動などの個人情報がより多く他人に知られることなる。そうした個人の情報を一括して管理し、それをもとに個別的に効果的にアプローチをするマーケティング手法(CRM)というものがあるそうだが、この本が出版されてから2年半ほどたった現時点ではどの程度進んでいるのだろうか。去年から始まった番号ポータビリティのおかげで番号をずっと変えずにすむのだから、個人の情報は長期間蓄積され、一括管理はより簡単にできるようになっただろう。
SF映画の中だけのことと思っていたことが現実になりつつあるのだ。CRMは「マイノリティ・リポート」に出てきた。ケータイではなく、通行人の網膜をチェックして誰であるか特定し、その人に名前で呼びかける広告が出るようになっていたので、今の状況よりもっと怖いけれど。そして「エネミー・オブ・アメリカ」のように、どこへいても監視されてしまうようになってしまうのだろうか。そして「未来世紀ブラジル」のように、番号ですべての人間が管理され、一桁違いの赤の他人と間違えられてとんでもないことに巻き込まれてしまったりするのだろうか。「未来世紀ブラジル」はおもしろかったけど。ロバート・デ・ニーロがかっこよかったし。

安心・便利は簡単に受け入れてしまいがちだ。けれど、その引き換えに管理され、支配され、大切なものをなくしていっているのかもしれない。
そんなことを考えつつ、とりあえず会社での私用メール・ネットはすぐにバレちゃうってことだろうから気をつけよう、なんてつまらないことを考えている情けない私である。
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by roki204 | 2007-02-05 12:24 | ひとりごと

お昼寝

寝返りができるようになってからのこども3号はうつぶせになるのが好きで、すぐにコロンとひっくり返ってしまう。そうやっているうちに背筋の力がずいぶん強くなってきた。手をついて上体を反らしたり、「アーアーアーアー」と言いながら手足をバタバタさせたり、活発に動いていて、それをとても楽しんでいる。
そんなことをしばらくやらせていたら疲れて眠くなってしまったようだ。うつぶせのまま顔をペターンとくっつけて、うとうとし始めた。布団からはみ出してしまっているし、いくらなんでもこのまま眠らせてはかわいそうかなと思って布団の上にあお向けに寝かせたら、泣き出してしまった。ならば、抱っこして寝かせるか。アーンアーンアーン。あれ、抱っこでもダメか。じゃあ、おっぱい。しばらくすると飲みながら眠ってしまったので、そーっと布団へ下ろした。ところが目を覚ましてしまい、またアーンアーンアーン。あらら失敗。また抱き上げておっぱい。今度は大丈夫かな? そーっと布団へ・・・。あーあ、また起きちゃった。
すぐに泣いてしまい、のべつまくなしにおっぱいをほしがった1号や、1号ほどではなかったけれど、やっぱりおっぱいがなくてはなかなか眠れなかった2号。それに比べ、3号は布団に寝かせておけば勝手に眠ってしまうことも多かったし、夜も添い寝している私の指をおしゃぶり代わりにガジガジ噛みながら眠ってしまうこともあるし、手のかからない子だ。そんな3号でも、やっぱり抱っこでもおっぱいでもダメってときもある。いつでもほったらかしで大丈夫なんてことはなくて、あの手この手を使って世話を焼かなきゃならないときもあるんだよね。赤ちゃんってそういうもんだよ。

ところが・・・。
布団へ下ろしたら目を覚ましてしまった3号はまた寝返りをしていたのだけれど、気がつけばこの状態。
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うつぶせのまま、布団からはみ出したまま、眠ってしまっていた。なーんだ、はじめっから手を出さずに眠らせてあげればよかったんじゃないか。はいはい、ママは静かにしていますから、ぐっすり眠ってください。
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by roki204 | 2007-02-02 12:33 | こども3号