こども1号の七五三

こども1号の七五三のお参りをした。
一般的には、女の子は3歳と7歳、男の子は5歳で、満年齢でやるものなのではないかと思うが、このあたりでは数え年で、女の子も男の子も7歳でやることが多いようだ。それに、「七五三」というよりも「ひもとき」という言葉をよく使う。着物を着るときに、小さいうちはあげ紐を使っていたのが、大きくなり紐を解いて帯を使うようになるから、七つのときのお祝いを「ひもとき」と言うそうだ。
ついでに言っておくと、このあたりでは結婚式の披露宴並みに大々的にお祝いをすることが多い。子どもが芸をしなければならず、「雨ニモ負ケズ」を一生懸命暗記している子がいたなんて話も聞いた。義父母は親戚のお祝いに招待されているので成田のホテルまで行く。それも1年くらい前から予約を入れて準備していたのだから、ほんとに結婚式並み。いや、最近じゃ結婚式だってそこまで派手にやらない人も多いだろうな。田舎はみんなこういうものなのかなと思ったら、ウィキによるとこんなに派手にやるのは千葉県や茨城県くらいのものらしい。

1号はそこまではやらないのだけれど、ばあばが着物好きなので、いい着物を買ってくれた。濃い目のピンクの花柄のもので、ばあばがいくつか候補を上げた中から1号が選んだ。自分で選んだだけあって、1号によく似合っていた。
美容院で髪のセットと着付けをやってもらっている間、1号は文句も言わず、おとなしくしていた。きれいにしてもらえるのが嬉しいからというのを差し引いても、かなり我慢していたのではないかと思う。美容院の人も、お世辞だろうが「我慢強いねえ」とほめてくれた。お化粧などしないほうがこどもらしくてかわいいと私は思うのだけれど、口紅をつけ、目じりをちょんちょんと赤くして、ふんわりと髪を結った1号はお人形さんのようだった。
こういうとき1号は口数が少なくなってしまうが、喜んでいたことは間違いない。後になってから「ほかのお客さんもかわいいって言ってくれたね」などと嬉しそうに話していたことからも、それがよくわかった。
でも、やっぱり喜んでいたのは最初のうちだけ。立ち居振る舞いも自然とおしとやかになっていたのが、だんだん疲れてきたらいつもどおりになってきていたし、後のほうでは早く脱ぎたがっていた。短い間なら子どもも多少は喜ぶけれど、しょせん、こういうのは大人のエゴだよな、と思う。
ちなみに、私も着物を着たのだけれど、自分のものではなく、義母が貸してくれたものを着た。これがまた薄い紫の品のいいもので、ほんとに素敵だった。なぜ自分のもの(義母たちから贈られたもので、まだ一度も袖を通していない)を着なかったかという話は長くなりそうなので、またの機会に。

お参りは、地区の行事として神社でやってくれるので、6歳の子どもたちがみんな集まった。と言っても、5人だけだったけれど。中には引っ越してしまうらしい人や、別のところに住んでいるけれど実家があるこちらでお参りをという人もいたので、全員が同じ小学校へというわけでもない。でも、来年には小学校へあがるこの時期に同じ地区の同級生たちと顔を合わせることができる良い機会だと思う。神主さんからも、都会では地区ごとにやったりせず、個人個人でやっている、こんなふうに地区でやってくれるというのは良いことだ、何かあったら地区の人たちに相談しながら子どもたちを大切に育てていきなさいという話があった。
都会では、地区ごとに行事をやるということがもうなじまない、必要ないと考えられているのだろう。でも、ここのような地域では、まだこういう風習が生活の中で役立つ場面も多いのだと思う。面倒なこともあるが、地域の人々みんなが子どもたちを見守ってくれているのだと思えば心強い。

さて、この日はお参りと写真撮影をしたのだけれど、また別の日には私の両親も一緒に食事をすることになっている。1号の着物姿を見るために仕事を休むことにし、服も新調した私の両親のために、もう着物にはうんざりしている1号と交渉中なのだが、どうやら着物をもう一度着てくれたらプリキュアの「ピンキーキャッチュ」というおもちゃを買ってあげるということで、交渉成立しそうだ。1号、もう少しだけ、私たちのエゴに付き合ってね。
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by roki204 | 2007-11-13 22:51 | こども1号
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