豆、マメ、まめ

三月豆の季節になった。
「三月豆」は方言なのかな?普通は「絹さや」と言っているものだけれど、夫の家ではみんな三月豆というので、今では私も三月豆と言っている。食べられるのは5月なのに、なんで三月豆なのかは知らない。
前は三月豆をたくさんもらっても、炒め物に少し入れたり、お味噌汁に少し入れたりするくらいしか思いつかなくて困ってしまっていた。けれど、ここにもよくコメントをくれるOMAさんにバターで炒めて塩コショウで味付けするとおいしいと教わってからは、三月豆の季節を心待ちにするようになった。今年初めてもらったときも、味見だと言ってこどもたちと私が台所でパクパクと食べているうちに全部なくなってしまい、夫は食べられなかったくらい。
義父はいろいろ野菜を作っていて、いつも笠地蔵のようにうちの玄関に野菜を置いておいてくれる。それも三月豆だったら筋を取ってあるし、そら豆だったらさやから出してあるし、とてもサービスの良い笠地蔵なのだ。それに、おいしくて、農薬の心配もなくて、経済的にも助かる。ただ、その季節じゃないと食べられないし、季節になれば毎日飽きるほど同じ野菜を食べなくてはならないということはある。なので「食べたい」という気持ちをその季節が終わるまで持続できるように、スーパーでハウスものや暖かい地方で採れたものをちょっと早い季節に売っていて食べたいなあと思っても、絶対に買わないで我慢して、義父が作ってくれるものができるのを楽しみに待つことにしている。そういうふうにしているうちに、前よりも野菜で季節を感じるようになってきた。なんだか健康的だ。
春から夏にかけては私の好きな野菜が多く、こどもたちの大好きなイチゴもある。全然まめな性格ではないけれどマメ類が大好きな私としては、まめな義父の存在を特にありがたく感じる季節で、三月豆の次は豆ご飯にする豆、そら豆、枝豆と続き、嬉しい限りだ。
ちなみに「豆ご飯にする豆」というのは、義母たちがそう言っていたので、グリーンピースに似ているけれど違う豆なのかな、と思っていた。ところが、たしか2年前のある日、たまには自分でマメを採ろうと畑に行ってびっくり。三月豆と豆ご飯にする豆が同じ草(草とは言わない?でも木じゃないし・・・)になっていたのだ。夫に話すと、夫もずっと違う豆だと思っていたそうだ。でも考えてみると、絹さやもグリーンピースもエンドウなのだ。絹さやとして食べるものとグリーンピースとして食べるものでは品種が違うのだろうけれど、もとは同じもの。だから、三月豆が育つとグリーンピースになって、うちではそれを「豆ご飯にする豆」と言っているだけのこと、夫も私も畑仕事を手伝っていないから知らなかっただけのことだったのだ。
こどもたちはじいじと一緒によく畑に行っているようで、大好きなイチゴなんかは実がなる前からイチゴだって教わってわかっているし、一緒に採ったりもしている。食べるときには「これ1号が採ったイチゴだよ」「これ2号が採ったイチゴだよ」と嬉しそうに言っている(粒が大きいものは自分が採ったと主張するけれど、本当に覚えているのかどうかはアヤシイ)。こどもたちが育っていくにはいい環境だなどとのんきなことを言いつつ笠地蔵に甘えるばっかりじゃなく、私もせめてこどもたちと一緒に畑に採りに行くくらいは休みに入ったらやろうかな。
[PR]
by roki204 | 2006-05-11 08:29
<< お父さんスイッチ 男の子観察 >>