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こども1号の手紙

今日はハロウィーン。うちのこどもたちが通う保育園で少し早めのハロウィーンパーティーをやった日、私はこども1号のことを怒っていた。つまらない理由だけれど、1号が写真を撮らせてくれなかったからだ。友達もみんなかわいいドレスやおもしろい格好をしていたから一緒に撮ったら楽しいだろうと思っていたのに。2号は機嫌よく白雪姫や魚屋(?)に仮装した友達と撮ったのに。朝、出かける前は、2人ともかわいい服を着たのが嬉しくて、にこにこしながら記念撮影して、意気揚々と保育園へ行った。ところが保育園では、写真を撮ろうとすると1号はなぜか嫌がって逃げてしまったのだ。恥ずかしがっているようで、いくら頼んでも撮らせてくれなかった。
ちなみに、今年の仮装は1号がティンカーベルで2号がトトロ。今までは、最初は1号だけでミッキーマウス、翌年は風邪で不参加、次は1号がトトロで2号がメイちゃん、去年は1号がティンカーベルで2号がピノキオだった。
家に帰ってきてから、私はプンプン怒っていた。大人げないとは思うけれど。それでも気を取り直して一緒に遊ぼうとしていたら、1号と2号がケンカをし、仲直りもしようとせずに1号はさっさと母屋へ行ってしまって出てこないので、私は1号を叱った。すると1号は手紙を書いて持ってきた。

「まま きょうは おこってて ちょっと やだよ」

吹き出して笑いそうになるのと、いじらしくてかわいいと思う気持ちと、まだイライラしていたので逆効果になってしまったというのが混ざり合っていたのだけれど、イライラが勝った。
「そんなの1号が悪いことばっかりするからいけないんじゃない」
ああ、大人げない。でも、あと10分くらい遅く手紙を持ってきていたら、イライラもおさまっていて、笑って「じゃあ怒るのやめようか」ってなっていたと思うんだけど。
それからしばらくしてちゃんと和解した後、1号はまた手紙を持ってきた。

「まま ゆるしてくれて ありがとう」

それを見た夫、笑いながら1号に同情していた。「1号、ママにずいぶん気を遣っているなあ」。しょっちゅう私に怒られている者同士、気持ちがよくわかるってこと?
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by roki204 | 2006-10-31 11:34 | こども1号

おばあちゃん、おつかれさま

祖母が亡くなった。
3号が産まれる1ヶ月ほど前に会いに行ったときは元気だったので、いつか遠からずこういうときがくるとある程度は覚悟していたはずなのに、電話で聞いたときは信じられないという気持ちだった。そして祖母の今までの長い人生と、3号のまだ始まったばかりの人生とを思うと、なんだか不思議な気持ちだった。
私はおばあちゃんとゆっくり話をしたという記憶は、残念ながらあまりなく、最近になって、いろんなことを忘れてしまってからのおばあちゃんのことのほうが強く印象に残っている。おばあちゃんはいつも感謝の気持ちを忘れず、「ありがとう」と周りの人たちによく言っていた。そして、ウィットのあることを言って笑わせてくれた。私も、年を取っていろんなことがわからなくなってしまったとき、あんなふうでいられたらいいなと思うような素敵なおばあちゃんだった。
1号と2号にはどういうことなのかをなるべくわかるように説明した。おばあちゃんは神様のところに行ったんだよ、ひいおじいちゃんと同じところに行ったんだよ。けれど、身近な人が亡くなるのは2人にとって初めてのことで、はっきりとはわからなかったと思う。それでも、なんとなくはわかったようだ。何度も何度も「ママのおばあちゃん、かわいそうねえ」と言っていた。
葬儀には、うちのこどもたちも含め、孫やひ孫たちが大勢集まった。小さい子どもたちはあっと言う間に打ち解けて、キャーキャーと楽しそうに遊んでいた。そんな様子を見て、私は祖父のことを思い出していた。まだおじいちゃんもおばあちゃんも元気だった頃、私たちが家に集まると2人とも嬉しそうにしていた。
「困ったなあ、こんなに増えちゃって。家に入りきらないなあ。はじめはお前と2人だったのになあ」
おじいちゃんはそんなことをおばあちゃんに言ったりしていた。そして、大酒飲みだったおじいちゃんは、私が飲める年になった頃には自分は飲めなくなってしまっていたけれど、いつも「rokiちゃん、お酒飲めるんでしょ、ビール好きなんでしょ」とコップについでくれていた。だから、葬儀の後の食事のとき、おじいちゃんと一緒に飲んでいるつもりでビールを飲んだ。そうすればおじいちゃんとおばあちゃんが喜んでくれるような気がしたから。
最後のお別れをしたときにそっと触ったおばあちゃんのほっぺは、思ってたよりもずっとずっと冷たくて、いくら撫でても暖かくはならなかった。亡くなったことが信じられないという気持ちを一瞬で消してしまうほど、残酷な冷たさだった。でも、そんな悲しい気持ちは楽しそうに遊ぶ子どもたちを見ているとやわらいだ。こんなに増えちゃった子孫たちが集まって楽しいひと時を過ごせたことは、おばあちゃんとおじいちゃんからのプレゼントだったと思う。納骨のときには、今回参列できなかった人たちも来るというので、少々不謹慎だけれど、私は会えるのを楽しみにしている。

告別式の翌日、こども1号に「おばあちゃんはなんで死んじゃったの?」と聞かれたので、「長ーく長ーく生きていたから、もう疲れちゃったのかな。大きいばあば(夫の祖母)よりももっと長く生きていたからね」と答えた。1号は安心したように言った。「じゃあ大きいばあばはまだ生きるね!」 そうだね。まだまだ元気でいてくれるよ。
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by roki204 | 2006-10-30 11:25 | 家族

健やかに

こども3号が風邪をひいてしまった。母乳の免疫があるから生後半年くらいは病気にならないものだと思っていたのだけれど、家族全員が風邪をひいていたのでうつってしまったのだろう。お宮参りの前日くらいからコホコホと咳をしていて、まだ治らない。お宮参りは子どもの健やかな成長を願う儀式だというのに、そのときに風邪をひいているなんて、タイミングがいいんだか悪いんだか。健やかにという願いも切実なものとなった。
ところで、この「健やかに」という願い、親としては当然のものだと思う。もちろん、私もそう願っている。でも、私は何かチクチクと心に引っかかるものを感じてしまう。
子どもにどうあってほしいかということになれば、キリが無いくらいに出てくるだろう。こんな性格だったらいいとか、賢いほうがいいとか、顔立ちはきれいなほうがいい、背は高くなるといい、足は長いといい、ピアノが上手になるといい、将来は俳優になってハリウッドへ・・・と自分たちの遺伝子のことは棚に上げて、勝手なことを考えてしまう。でも、そんなに無茶な期待をかけては子どもが気の毒だ。そんなときに出てくる言葉は、たいてい、「健康でさえいてくれれば」。健康であることが一番の願いであるのはいいのだけれど、「さえ」という言葉に引っかかるのだ。
こども1号がまだおなかの中にいたとき、私は「生きて産まれてきてくれればそれでいいと思うことにしている」と知り合いに言ったことがある。その人は、「それはきれいごとじゃないか。自分だったら、ほかのことはともかく、五体満足で健康であってほしいと思う」と言った。確かにきれいごとかもしれない。でも、五体満足であること、健康であることをどうしても必要な最低限の条件のようにしてしまったら、障害があったり病気だったりして生きている人たちの存在を否定しているようで、抵抗があるのだ。健康でない=不幸と決めつけているような考え方に接したときに、実際に健康でない人たちはどんなふうに感じるだろうか。
不幸だと決めつけてしまいがちな理由として、障害や病気それ自体からもたらされる苦しみだけでなく、余計な苦しみを背負わされている暮らしにくい社会であることも関係しているのではないかと思う。医療費の負担が大きかったり、障害のある人への差別があったり、道路や建物の中で段差をなくすというようなちょっとした配慮が足りなかったり、障害者自立支援法なんて名前と中身は正反対のひどい法律が制定されたり。こういうことが改善されれば、障害や病気が治せなかったとしても、生活環境はよくなるだろう。
うちのこどもたちは元気に産まれてきてくれた。喘息で病院に通ったり、入院したこともあるけれど、「しょっちゅう行くから看護婦さんにも薬屋さんにもしっかり覚えられちゃったね」と笑っていられる程度だ。そのことに感謝し、これからも健やかにと祈りつつ、病気でも、障害があっても、年を取っても、暮らしやすい社会を作っていきたい。

千葉県では、今月、「障害のある人もない人も共に暮らしやすい県づくり条例」が制定された。
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by roki204 | 2006-10-28 23:01 | ひとりごと

お宮参り

こども3号のお宮参りに行った。
まずは家の裏にある氏神様へお参り。それから神社へ。神社はこの集落の中にある。行く人数は奇数でなければいけないそうだ。そして社の周りを7周歩く。1号、2号のときは本人と義母、私の3人で行って、夫は待っていたけれど、今回は夫と2号も一緒に5人で周った。集落で役割が決まっているらしく、数人が来てくれていて、御神酒を飲んだりした。お参りがすんで帰るときには違う道を通らなければいけないことになっているそうだ。それから、2号、3号はやらなかったけれど、1号のときは「寄り孫」ということもしている。お参りが終わったら、そのまま家に帰るのではなく、ある家に寄って行くのだ。この家も集落で役割が決まっているらしい。大きな神社に行く人もいるのだろうけれど、うちみたいなやり方だと集落全体で子どもの誕生を喜び、健やかな成長を願っているという気がして嬉しい。
さて、ここまで書くのに「・・・らしい」とか「・・・そうだ」とかばかりになってしまったのは、こういうことになると夫も私もいい加減なので、全部義母たちにまかせっきりだからだ。人数は奇数にすることとか、社を周ることとか、寄り孫をすることとか、全部に理由や意味があるんだろうけれど、全然わからない。私はクリスチャンなので神社でやるお宮参りのことはよくわからないという言い訳も通用するんじゃないかと思っているのだけれど、夫がよくわかっていないというのは問題があるようなないような・・・。ともかく、ばあばたちのおかげでお宮参りは滞りなく終わった。

お宮参りの記念に写真も撮った。写真屋で順番を待っている間に3号は眠ってしまったけれど、さあ撮りましょうというときになったら、ぱっちりと目を開けた。そして不機嫌になることもなく、いい写真が撮れた。さすが3号、やっぱりコイツはただ者じゃない。
家族写真と3号1人の写真だけのつもりが、きょうだい3人の写真も撮りましょうと勧められた。パソコンの画面で撮った写真を見てその中から選べますから、気に入らなければ注文しなければいいですから、撮るだけなら無料です、と写真屋さん。普通ならば、はじめは撮るつもりがなくても、かわいい我が子の写真なら見たらほしくなってしまい、つい注文してしまうというのが親心なのだろう。それを狙って商売しているのだろう。私も注文しちゃおうかなと思いかけていた。ところがパソコンで見てみたら、あんまりにもヒドイので注文はしなかった。1号は緊張して撮るのを嫌がり、ムスッとした表情。2号は、3号の顔が隠れてしまうほどベタッと手を当てて、楽しそうではあるけれどやっぱり変な表情をしている。3号は2号に触られてちょっとうるさそうにしながらも、わりと平然としている。かなりの親バカな私が見ても、数千円払って大きく引き伸ばしてもらうような価値のあるかわいい写真とは思えなかった。3人の個性がよく表れていて、おもしろい写真ではあったんだけどね。
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by roki204 | 2006-10-26 13:32 | こどもたち

お下がり

こども2号のクラスメイトのお母さんが、上の子のお下がりだけれどよかったら3番目の男の子にどうぞとコートをくれた。上の男の子はもう小学校4年生だというから7、8年前に着ていたものだろうけれど、まだきれいで、きっと下の子にも着せようと大切に取っておいたのだろうと思う。ところが、下の女の子はそのコートをお気に召さなかったそうだ。男女どちらが着てもおかしくないデザインなのに、もっとひらひらしたものが好みだそうで。それで、男の子である3号に、とくれたのだ。
誰が着たのかわからない古着となると、私はちょっと苦手なのだが、知っている人からいただくお下がりというのは、大切にしていた気持ちや思い出もおすそわけしてもらえるようで嬉しい。子どもだった頃も姉や従姉妹からお下がりをもらうのが嬉しかった。2号もそうらしい。2年ほど前の写真を見ながら「1号が2号の服を着てる!1号に小さくなっちゃったから、2号のになったんだよね。2号に小さくなっちゃったら3号にあげるんだよね」などと楽しそうに言っている。
きょうだいやいとこのお下がりというのはよくあるものだけれど、うちには夫からこどもたちへのお下がりというのもかなりある。ベビーバスや赤ちゃん用タオルケット、ウルトラマンのメンコやハンカチなんてものもある。最近、出してきたものではピアニカがある。これはちょっと勘弁してほしい。意外と音が大きいうえに、2人がめちゃくちゃに弾くものだから、眠っている3号がびっくりして起きてしまうということがしばしばあるのだ。それ以外は、便利に使わせてもらっているし、懐かしいねと昔話も楽しむことができるから、お下がりってやっぱりいいなと思うのだけれど。

先週末は3号のお宮参りに行った。着物は、夫のお宮参りのときに作り、その後、弟や従弟たち何人もが使ったお下がりだ。少し黄ばんでいるのが、時間の重みを感じさせて、かっこよかった。
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by roki204 | 2006-10-26 13:31 | 家族

目を覚ましてしまった夜

夜、眠っていたこども2号が目を覚まし、泣き出してしまった。怖い夢をみたのだろうか。よしよしと背中をさすっていたら、2号の泣き声のせいで3号も目を覚ましてしまった。でも完全に起きたわけではなく、目はつぶったままで、指しゃぶりをしている。

あーん あーん あーん
チュッ チュッ チュッ

2号も完全に起きたわけではなく、半分寝ぼけているので、なだめてもなかなか泣き止まない。それどころか、ますます激しく泣いている。すると、3号の指しゃぶりも激しさを増し、音が大きくなり、テンポも速く、アンダンテからアレグロへ。

あーん! あーん! あーん!
チュッ! チュッ! チュッ!


しばらくすると、2号が落ち着いてきた。それに合わせるように3号の指しゃぶりもレントに。

くすん くすん くすん
チュッ・・・ チュッ・・・ チュッ・・・

2号が眠ってから、3号のベッドを覗いてみると、3号もぐっすり眠っていた。
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by roki204 | 2006-10-23 18:08 | こどもたち

少し早起きした朝

朝、最初に目を覚ましたのはこども3号。その気配で私も目が覚めた。昨日の夜、おっぱいを飲ませて寝かせてから9時間もたっているというのに、3号は泣きもせずに左手の親指をチュッチュッ。1号はかなり大きくなっても2、3時間おきに目を覚まして泣いておっぱいをほしがっていたのに、3号は生後3ヶ月で9時間も眠ってしまうなんてどうなっているんだろう?そう思いながら抱き上げて、おっぱいを飲ませた。それからオムツを換えていると、2号が起き上がってきた。いつも起きる時間よりも少し早いけれど、すっきりと目が覚めたようだ。
「3号、おはよ~」
2号が顔を覗き込んで声をかけると、3号もにっこり。すると、1号も目を覚ました。3号は1号にもにっこり。1号や2号に話しかけられると、3号はよく笑う。もっとも、たいていは話しかけるだけではすまなくて、ほっぺをぷにぷにしたり、手を握ったり、顔を押さえつけて強引にチューしたりするものだから、嫌がって顔をしかめているけれど。でも今日はごきげんで、ずっとにこにこしている。で、この状態。
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一緒に寝っころがってトントンしてあげたり、あやしたり。そのうち、ほとんどのひらがなと少しのカタカナが読めるようになった1号が絵本の読み聞かせを始めた。3号は、1号と2号をかわるがわる興味深そうに見つめていた。
そんなふうにして30分ほどたった頃、やっと夫が起きて朝食の支度を始めたので、1号と2号も向こうの部屋へ。たっぷり遊んでもらった3号は、遊びつかれたのか、また眠ってしまっていた。
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by roki204 | 2006-10-22 00:49 | こどもたち

スルメと黒パン

こどもたちはスルメが好き。こういう硬いものをよく噛んで食べればあごが丈夫になっていいだろうと義母が買ってくれたものだ。夫がビールのおつまみに食べていると、こどもたちもすぐに「ちょうだい!」と来る。そうすると、私はついつい言ってしまう。「あんまり食べ過ぎちゃいけないよ。おなかが痛くなっちゃうよ」。

「スルメを食べ過ぎると、おなかの中で膨張して胃に穴が開いちゃうから気をつけなくちゃいけない」というのは、おつまみにスルメがあるお酒の席でよく出る話。干したものだから、水分を吸って多少は膨らむのだろうけれど、胃に穴が開くというのは大げさで、普通の食べ方をしていれば有り得ないことだから、単なる笑い話だ。でも、ある本に出てきた黒パンの話を読んでから、笑えなくなってしまった。その本は『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』(辺見じゅん著)。
友達が自分のおじさんも出てくるのだと言って勧めてくれたこの本は、シベリアのラーゲリで亡くなったある人の遺書が、どのようにして遺族に届けられたのかということが書かれている。ラーゲリでは文字を書き残すことはスパイ行為と見做され、抜き打ちの持ち物検査で日記やメモが見つかると、没収され処罰されたそうだ。特に帰還前の検査は厳重で、日本へ持ち帰ることは至難の業だったので、その遺書は仲間たちが分担して暗記し、一字一句もらさぬようにして家族に伝えたのだ。
ラーゲリでの生活がどんなだったかということも書かれているのだが、その中で黒パンの話があった。ザラザラした舌触りと独特の酸っぱい味が初めは異様に感じられたのに、食事が乏しくいつも空腹だったので、そのうちに黒パンがこの世でいちばんうまいものと感じられるようになる。わずかな黒パンをめぐっての怒鳴りあい、つかみ合いのケンカはよくあることだった。そして、ある人は炊事場からこっそり黒パンを一本盗み、夜中に夢中でおなかに詰め込んで水を飲んだ途端、胃の中でパンが急激に膨張し、もがき苦しんで亡くなったそうだ。それを知った仲間たちが、気の毒に思うよりも、「腹いっぱい食べて死んだんだから本望だっただろうな」と羨ましがったということが、どれだけ悲惨な状況だったかを物語っている。

四通の遺書を暗記して家族に届けてほしいと頼まれた人が、その願いをなんとか実現させたいと思ったのは、それが個人の遺書ではない、ラーゲリで空しく死んだ人々全員が祖国の日本人すべてに宛てた遺書なのだ、と思ったからだそうだ。
スルメをかじりながら空しく死んだ人々を思うというのも、なんだか失礼なことのようではあるけれど、「食べ過ぎちゃいけないよ」などとのんきなことを言っていられるということが誰にとっても当たり前のことなんかではなく、とても恵まれた環境に自分たちはおかれているのだということを忘れずにいたい。そして、もう少し大きくなったらこどもたちにも「食べ過ぎちゃいけない」だけでなく、戦争で苦しめられた人たち、今も苦しんでいる人たちががいるということや、少し話を広げて飢餓で苦しむ人たちがいるということなども話していきたいと思う。
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by roki204 | 2006-10-17 11:08 | 本や映画

指しゃぶり

前に「おしゃぶり」の話で、こども3号は1号、2号と違って、おっぱいも抱っこもなしでおしゃぶりだけで眠れることがあるのでびっくりしたことを書いた。さらに驚いたことには、おしゃぶりもなしで、自分の指をチューチューやっているうちに眠ってしまうこともあるのだ。
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お気に入りは左手の親指。なので、右向きで眠ることが多かったけれど、指しゃぶりをするときは左向き。まだ上手に手を動かせないので、うまく親指が口に入らず、人差し指のときもある。うとうとしながら、だんだん手が下がってきて指がはずれそうになったところで、ハッとしてまたチューチューやりだす。その繰り返しで、ずーっとやっている。あんまりおいしそうにチューチューしているので、ひょっとして本当においしいのかもと思って、ちょっと味見させてもらった。ほのかに甘い香りがして、私の親指よりはおいしいような気がした。
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by roki204 | 2006-10-15 12:11 | こども3号

運動会

前回の記事で書かなかった、肝心の運動会がどうだったかということ。
こども1号、2号にとっては、9月に入ってから練習を重ね、楽しみに待っていた運動会。大勢の人が集まって、いつもとは違う雰囲気に緊張気味ではあったけれど、それぞれ楽しんでいた。3号は強風の中を連れ出されて砂だらけになり迷惑だったろうが、おとなしく眠っていてくれた。
かけっこでは、1号は無難に2位。2号は、先頭を走っていた子が観客席の親を見つけてそっちへ走っていってしまったので、棚ボタの1位。
ダンスでは、お面と黄色い衣装をつけてキツネになった2号。入場前に並んでいるときにカメラを向けると、いろいろポーズをとってアイドルにでもなったみたい。そして、ぼけーっとしていたり、泣いてしまったりという子もいる中で、一番上手に踊れていた。
1号は持ち前の生真面目さを存分に発揮していた。ダンスでは、背筋を伸ばして先頭を歩いて入場。後ろの子たちが遅れてしまってついてこなくても、音楽に合わせてまっすぐ行進。振り付けも完璧にマスター。競技のときは、順番待ちでスタートラインに立ったときから既に「ヨーイドン」の姿勢を取り、ほんとの「ヨーイドン」までその姿勢を崩さない。障害物競走では張りぼての魚を取るところでウロウロ。ピンクの魚がいいとか思って選んでいるのかと思いきや、後で聞いてみると「魚が置いてあるシートの上に靴のまま乗っていいのかどうかわからなかったんだもん」。
私は開会式の行進と準備体操と親子競技4つと閉会式の行進に出た。「お父さんとやれば?」と言っても、2人とも「ママがいい」と言うし、夫もやりたがらないので全部私が出たのだ。夫がやりたがらない気持ちもわからないでもないけれど。触覚をつけてハチになったり、お面と茶色いパンツとバナナでゴリラになったり、そんな格好で走ったり踊ったりはちょっと照れくさい。挙句の果てに、負けちゃったのはママが遅かったからなんて1号に言われたりして。でも1号は淡々と事実を述べているだけで、悔しがっているわけでも、私を責めているわけでもないのだけれど。
親子でやるダンスには、「こどもを抱っこしてぐるぐる回る」という振り付けがあった。2号のダンスでは1回だけだったけれど、1号のは3回。それも2回繰り返したので、体重20キロの1号を6回も抱っこしてぐるぐる。2人は喜んでいたけれど、私は目が回ってしまった。いえいえ、これは年のせいではなく、朝5時半に起きてお弁当を作ったから!
で、そんな苦労をして作ったお弁当も強風の中では、「パッとふたを開けて、サッと取ったら、パッとふたを閉めつつ急いで口に入れる」というやり方をしても、砂がジャリジャリ。ゆっくり味わうことはできなかった。こどもたちに大好きなとりのから揚げを食べさせてあげたくて、今までに数えるほどしかやったことがない苦手な揚げ物に挑戦したのに・・・。家に帰ってきてから「おいしい」って食べてくれたからいいんだけどね。
そんなこんなで、運動会の準備と本番は、準備体操でやった「洗濯ブギ」の最後の歌詞「♪あ~ くたび~れた~」が身に染みる2日間だったけれど、閉会式のときには夫ともう来年の話をしていた。来年は1号は年長クラスなので出番も見所もいっぱい。2号も出番が増える。今まで席取りのために並んだことなんてないけれど、いい席を取ってちゃんとビデオを撮ろうか。じいじはいつも朝3時に起きているんだから、じいじに頼めば大丈夫だよ、きっと。・・・ところが現実は厳しかった。朝5時に開けられる門の前に最初に並んだ人が来たのは、なんと前夜の8時だったそうだ。とてもそこまではできないよ。というわけで、来年もたぶん、『ウォーリーをさがせ!』みたいなビデオになっちゃうんだろうな。でも、生でしっかり観るから、それでいいよね。
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by roki204 | 2006-10-12 11:24 | こどもたち