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3人がばらばらに・・・

こども3号が産まれて喜んだのもつかの間、1号が体調を崩してしまった。
変化に弱い1号のことだから、私たちも警戒はしていた。あらかじめ、3号が産まれるときにはママは数日間入院しなければならないということ、ママはおなかが痛くなるということ、でも1号も2号もそうやって産まれてきたんだから大丈夫だということなど、1号には特によく説明しておいた。
それでも、夜寝るときに私がいないというのはこたえたらしい。涼しい日が続いて風邪気味だったのもあって、3号が産まれた日の夜から喘息のぜーぜーが始まり、翌朝には病院へ行って吸入をした。その後で3号と私がいる産院に来たけれど、元気がなくてぐったりしていた。夜にはもっとひどくなり、何度も吐いてしまったそうだ。夫が病院へ連れて行くと、そのまま入院することになった。
そんなわけで、こどもが3人になった2日後には、3号は産院、1号は別の病院、2号は家と3人がばらばらになってしまった。親は2人しかいないのに、こどもたちは3箇所に分かれている。こんなに早く3人の大変さを経験することになるとは思っていなかったねと夫と笑ってしまった。だって、もうどうしていいかわからず、笑うしかないって感じだったから。
でも、なんとかしてこれを乗り切らなくては。幸い、夫の両親、おばあちゃんもいるし、私の両親も応援に来てくれた。そして、3号を取り上げてくれた助産師さんに事情を説明すると、3号はもう一日入院していなければならないけれど、ちゃんと世話しておくから、私は退院してもいいということになった。ずっとおなかの中にいて一緒だった3号が、産まれて離れ離れになっただけでもちょっと寂しかったから、産院に置いていくのは辛かった。でも助産師さんが「僕、男の子だからがんばるよって言ってたから大丈夫よ」と言ってくれたので、おまかせして退院することにした。
1号の病院へ行くと、始めは口も聞かず横になっていた1号も、しばらくすると機嫌がよくなり、私と一緒に遊びだした。夕食を食べ終わったところで帰るつもりが、1号は嫌がるし、私も一緒にいてやりたかったのでなかなか帰れなかったけれど、帰るときには1号も泣かずにバイバイできた。夜は夫が泊り込んで付き添うことにした。
2号は家でいい子にして待っていた。二晩、私がいなかった後、今度は私を独り占めにできるので嬉しそうだった。
数時間ずつでも1号、2号それぞれと過ごす時間が持てたのは、こどもたちにとっても私にとってもいいことだったのかもしれない。母や義父母にも交代で1号に付き添ってもらい、病院と家を行ったり来たりでみんな大変だったのだけれど、こどもたちの嬉しそうな顔を見て、そんなふうに思った。
ずっと雨や曇りが続いていたけれど、1号が意外と早く退院でき、3号の出生届をして、家族5人が初めて家でそろった日は、3号の名前のイメージぴったりの快晴だった。
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by roki204 | 2006-07-31 11:10 | こどもたち

こども3号誕生!

四つ豆の枝豆を食べた日の夜中、下腹部の鈍い痛みで何度か目が覚めた。朝になって起きてからも、ときどき痛んだ。まだ強い痛みではなく、痛みが続く時間も短いので、本格的な陣痛ではない。明日か明後日くらいに3号は産まれるのかな、と思っていた。
午後になると、痛みの間隔は不規則ながらも10分程度になった。でもなあ、あんまり痛くないよなあ。1号が産まれたときはもっと痛かったし、それより楽だった2号のときだってもう少し痛かったし、まだまだだよなあ。そんなふうにのんきに考えていたけれど、念のため、と思って夕方になって産院に電話をして、一応入院の準備をして診てもらいに行った。車で産院へ向かうときも、夫と「明日かな?」「早くても夜中くらいじゃないの」「まだだから一度家に帰りなさいなんて言われちゃうかな」などと話していた。そのくらい痛みが軽かったのだ。
ところが産院で助産師さんに診てもらうと、「あら、もうすぐ産まれそうよ」
ほんとに!?それはまずい!立ち会ってもらう予定の母が間に合わないかも・・・。急いで母に電話をして、こっちへ来てもらうことにした。母は今まで4人の孫の出産すべてに立ち会っている。これで3号のときだけ間に合わなかったら、母も3号もかわいそう・・・。そんなふうに考えて、私はおなかに向かって「もうちょっと待って」と言ってみた。けれど、「かわいそう」と考えてしまうと、3号が本当にかわいそうになってしまいそうで、途中で気持ちを切り替えた。夫は立ち会うんだから、いいよね。お父さんがいれば、3号は大丈夫だよね。
隣のベッドでは初産の人がうんうんとうなりながら苦しんでいた。痛みは強いのに、赤ちゃんはまだ下りてきていないらしい。何度か助産師さんや看護婦さんに痛いと訴えていたけれど、「まだまだね」と言われていた。そうだよね、あれくらい痛くなるはずなんだよね。助産師さんは私に「いきみたくなったら、すぐに呼んでね」って言ってたけど、まだたいして痛くないし・・・。でも、しばらくしたらなんとなーく3号が下りてきた感じがして、少し痛みも強くなったので、遠慮しつつもナースコールを押した。
「あのー、下りてきた感じがするんでるけど・・・」
「じゃあ、分娩台に上がって。本人が一番わかるものね」
え?そんなにあっさりしてていいんですか?なんだか隣の人に申し訳ないような気がするんですけど。相変わらず痛みは「いてててて・・・」と言うくらいで、「くぅーっ!」ってほどにはなっていなかったのに、分娩台へ。助産師さんたちがさっさと用意をしてくれて、夫と先生も分娩室に入ってきた。そして、「いきみたくなったら、いきんでいいからね」と言われ、1回いきむと・・・

「ふぎゃー!」

「おめでとう!男の子ですよ!」あっさりと3号誕生。最後はさすがに痛かったけれど、こんなに簡単でよかったの?と思うくらい、あっさり。夫も立会い出産3回目なので余裕があり、3号の顔を見て「1号に似てるなあ」なんて言っている。そして3号はと言うと、産声をあげた直後にはおしっこをして、元気いっぱい! 小さめと言われていたのが心配だったけれど、体重も3000グラム近くあった。びっくりしたように泣いていて、ときどき薄目を開けていた。夫の言うように、1号に似ているのかな。2号にも似ている。どっちにしろ、かわいいことは間違いない。
とても軽くて楽なお産だったので、私は1時間もしないうちに座って夕食を食べることができるほど元気だった。しかも、分娩台の上で。あのおにぎりはおいしかったなあ。「千と千尋の神隠し」でハクが千尋に作ってくれたおにぎりに匹敵するくらいじゃないかと思う。
部屋に移動する前に、ガラス越しだったけれど、少しだけ3号を見ることができた。3号はなんと指をしゃぶっていた。これには、子どもが4人、孫が9人、そして3号が8人めの曾孫となる夫のおばあちゃんも「こんな赤ちゃんは初めて」とびっくり。
産まれてきてくれただけでも本当に嬉しくて幸せなこと。そのうえ、ちゃんと夫がいるときを選んで出てきてくれて、私にもあまり痛い思いをさせず、3号は親孝行な子だ。1号と2号も「かわいいね」ととても喜んでいた。
これで5人家族になったのか。まだ実感がないけれど、みんなで楽しくやっていこうね。
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by roki204 | 2006-07-27 19:44 | こども3号

幸運のしるし

枝豆の季節になったので、毎日のようにじいじが作った枝豆を食べている。
枝豆は、普通、一つのさやに入っている豆の数は一つか二つか三つ。けれど、こないだ四つも入っているものがあった。四つなんてめずらしい。普通は葉の数3枚のクローバーが四つ葉だと幸運のしるし。だったら四つ豆の枝豆も幸運のしるしかもしれない。
その日もらった枝豆の中に、四つ豆の枝豆は二つも入っていた。夕食のときに、こども1号と2号に一つずつあげた。
四つ豆の枝豆を食べた日の午前中には保育園から呼び出し電話があった。2号の鼻のところが赤くぽつんとなっていたのだけれど、それがトビヒじゃないかと思うので、病院に連れて行ってくれということだった。迎えに行って病院で診てもらうと、先生の言うとおりトビヒだった。私はただの湿疹かと思っていたので、先生に言われなければそんなに早く病院に連れて行くことはなかっただろう。私は先生に感謝しつつ、2号のトビヒが軽くてすむといいのになと考えていた。翌日になると、私の願いどおり、2号はだいぶよくなっていた。やっぱり、四つ豆の枝豆は幸運のしるしだったんだ。

四つ豆の枝豆は二つあった。もう一つの枝豆が私たちにくれたものは、幸運なんてものではなく、もっともっと大きな幸せで、それがやってきたのは枝豆を食べた翌日の夕方のことだった。
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by roki204 | 2006-07-27 19:42 | ひとりごと

赤ちゃんがえり

こども2号はまったく人見知りをしなかった。今では恥ずかしがってしまうことも時々あるけれど、買い物中に全然知らない人に話しかけていることもあり、人懐っこい子だ。保育園に通い始めたときも全然泣かなかったので、慣らし保育は2日で終了。慣らし保育に2週間もかかり、その後も3日以上続いた休み明けには泣いてしまっていた1号とはずいぶん違っていた。
そんな2号が、最近では保育園で私と別れるときに泣いてしまう。今日は少しはマシだったけれど、昨日なんかは大泣きだった。どうやら3号の出産が近づいてきたせいで、赤ちゃんがえりをしてしまい、甘えん坊になっているようだ。
甘えん坊になってしまっているだけではない。夜中に怖い夢でもみてしまうのか、目を覚まして泣いてしまうこともあって、そんなときには落ち着くまでに少し時間がかかる。
2号誕生前後の1号も同じような感じだった。けれど、一人っ子状態で「世界の中心は私」だったのに、いきなりライバルが産まれ、ほかに一緒に遊べるきょうだいもいなかった1号に比べて、産まれながらにしてライバルであり、遊び仲間でもある1号がいる2号のほうが、ずっと条件がいいじゃないか。まあ、そんなこと言っても2号にはわからないだろうけれど。
1号はもう5歳だし、2回目だからなのか余裕がある。それでも、最近ちょっと怒りっぽくなったようで、それも赤ちゃんがえりなのかもしれない。
今日の産科の健診では、近づいてきているけれど、すぐに産まれそうという感じではないということだった。予定日は1週間後なので、その頃になるのだろうか。産まれてしまって、しばらくしたら、2号も1号も落ち着くだろう。それまではちょっと気をつけてあげないと。

昨日の夜も、寝かしつけて私が部屋を出た後、2号は目を覚ましてしまった。でも、泣いていなかったので放っておいた。夫が部屋をのぞいたとき、なぜか2号は隣で眠っている1号の鼻と口をつまんでいたそうだ。夫と目が合うと、2号は悪びれた様子もなく笑っていたそう。意地悪をしようというのではなく、ちょっとふざけていたんだろうけど、なんで暗い部屋で一人でそんなことを?これも赤ちゃんがえり?・・・というわけではなく、オトボケ2号の不思議なところ、なんだろうなあ。
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by roki204 | 2006-07-20 14:02 | こども2号

終の住処

少し前に、家を建てたという友達の家へ新築祝い&お家拝見のため、みんなで行ってきた。家そのものに友人夫妻の趣味やこだわりが随所に見られて興味深かったのはもちろんのこと、どうしてこの場所を選んだのかという理由も聞いて、なるほどと思い、おもしろかった。
生活スタイルの変化に合わせて、最適な場所や家の広さを考えて引っ越すというのは合理的なことだと思う。でも、家を建てたり買ったりすれば、そう簡単には買い替えられないだろうから長期間そこで暮らすことになるし、それが「終の住処」となることも多いと思う。となれば、慎重に選ばなければならない。同年代の友達では、まだそんなに多くはないけれど、家を建てたとかマンションを買ったとかいう人もちらほらと出てきた。そういう友達に、その場所を選んだ理由を聞いたりしていて、もし私に選択の余地があったらどこを選んだだろうと考えることがある。
私たちは、最初はともかく、いずれは夫の実家へということになっていたので、夫と結婚することを決めたときに、自動的に住む場所も決まっていた。そして、よっぽどのことがなければここから引っ越すことはなく、「終の住処」となるだろう。
それまで私は、どこに住みたいかということを漠然としか考えたことがなかった。鴨川に住んでいた頃は、いいところだとは思っていたけれど、東京から引っ越してきたばかりだったので、私の活動範囲も東京都内。近くにいる友達は会社の同期の男性だけで、女友達はいなかった。だから、もっと年を取ってからならいいけれど、今、住みたいところではないよなと思っていた。東京の実家のあたりも便利でいいけれど、都会よりは田舎のほうがいいかな・・・くらいにしか考えていなかった。
でも、一箇所だけ、ここに住みたいと思ったところがある。それはイギリスの町。ずいぶん前に2週間ホームステイをしたところ。普段は静かな小さい町だけれど、夏に大きなイベントがあって、そのときだけは賑わう。私がステイした家は、海まで歩いて30分くらい。私のお気に入りになった川沿いの公園を通って行くと、少し遠回りになるけれど、気持ちのいい散歩ができた。河口の両側は切り立った崖になっていて、その上も散歩するのにちょうどいい公園があった。眺めがよく、晴れた日にはフランスが見える。電車の駅や、少し離れた大きな町へはバスで行ける。
夫は覚えていないと思うけれど、前に、こういうところに住みたいと思っていたんだとこの町の話をしたことがある。夫は「ここと同じようなところじゃない」とにこにこして言った。
共通点は無きにしも非ずだけれど、ここには散歩にいい公園もないし、なんていうか、洗練された雰囲気とかがね・・・なんて言ってみても始まらない。どこだって長所・短所はあるし、長い期間住んでいれば、時期によって不都合が出てくることもあるだろう。どんなに悩んで選んでも完璧ということはないのなら、考える余地なく決まったところで暮らし、与えられた環境の中でいい部分を探していくというのも悪くない。
千葉県は、気候は温暖で自然も豊か、昔から世界一暮らしやすいところだったといってもいいくらいで、その証拠に貝塚がたくさんある、なんてことを言っていた人がいたように思う。政治とか社会の仕組みとか、人間ががやっていることで、人間が変えることのできることには、批判的な目を持ち、良くしていこうとすることが必要だ。でも、自然環境とか気候とか、人間に変えられないこと、大きく変えてはいけないことについては、「ここが世界一いいところだ!」と考えるくらいの気概を持つ。そんなふうにしたほうが、楽しく生きていけそうだ。
どこに住んだって、「住めば都」ということかな。
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by roki204 | 2006-07-19 10:05 | 千葉のあれこれ

「なかなかいいね」

最近のこども1号の言葉。
夫に抱っこして~とせがんで、抱っこしてもらって一言、
「なかなかいいね」

スイカを食べているカブトムシを見て
「黙々と食べているね」

「なかなかいいね」も「黙々と」も、普通によく使う言葉だし、使い方も間違っていない。でも、5歳のこどもが言うと、いつの間に覚えたんだろうと思って、なんだか笑ってしまう。

3歳になったばかりの2号も、だんだん言葉が増えている。けれど、まだちょっとアヤシイ。
レストランごっこをやっているとき、私が「ハンバーグとオレンジジュースをお願いします」と注文したら、
「これで十分ですか?」
まったく違うというわけでもないけれど、ウェイトレスはそんなこと言わないだろうな。

髪をとかしてあげているとき、
「このくし、すっかりするね」
すっかり? 「すっきり」の間違い? 「すっきり」でも微妙に間違っているような・・・。

お風呂からあがって、タオルで体を拭いてあげているとき、
「ぬるい?」
・・・意味不明。とりあえず、「ぬるくはないと思うけど」と答えたら、なぜか納得していた。

jukaliさんの「子連れ犬連れドイツ日記」でも、息子さんが果敢に挑戦して、ドイツ語で会話をしようとする様子が書かれていたけれど、母語であろうと外国語であろうと、子どもであろうと大人であろうと、新しい言葉を覚えて語彙を増やしていくやり方は同じようなものなのだろう。聞いたり読んだりして知った言葉を、自分で使ってみる。そのときに、相手が間違いを正してくれる場合もあるだろうし、相手の反応を見て、この使い方でいいとか間違っているとか、自分で気がつく場合もあるだろう。そうやって新しい言葉を自分のものにしていく。
1号は、「なかなかいいね」と言ったときに、夫と私が大ウケしたものだから、これは使える!と思ったようだ。しっかり自分の言葉として定着し、ひんぱんに使っている。
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by roki204 | 2006-07-17 11:37 | こどもたち

ネムノキとカイドウ

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これはうちの庭に植えてあるネムノキの花。こども2号の1歳の誕生日に、私の両親から贈られたものだ。ちょうど誕生日の頃に花が咲く木を、ということで選んだネムノキ。ほかにも候補はあったのだけれど、2号は生後2日目か3日目で5時間連続で眠ったほどよく眠る子だったのでネムノキにしたのだ。
4月生まれの1号の木はカイドウ。濃いピンクのきれいな花が咲く。1号は予定日よりも10日も遅れて産まれた。毎日毎日、今日こそは産まれるかな~と思いながら散歩をしているときに、よくカイドウの花を眺めていた。それで、1号の木はカイドウにしたのだけれど、今になって思えば、花が下向きに咲いている様子は、恥ずかしがりやの1号にぴったりだ。
カイドウは、今年は咲き始めるのが少し早く、誕生日の頃にはもう終わりかけていたので、地球温暖化のせいかと心配になった。ネムノキも誕生日より前に咲き始め、ある日見てみたら、花がすっかりしおれていたので、誕生日までもたないのかと心配してしまったが、そうではなかった。ネムノキは夕方になると花を咲かせる。そして、その花は1日でしぼんでしまうけれど、後から後からまた別の花を咲かせるのだ。植えてから2年もたつのに、夕方咲く一日花だということに今年初めて気がついた。その日も午後になると、またたくさんの花が咲いていた。今でも毎日新しい花を咲かせている。
3号が産まれて1歳の誕生日が来たら、また両親は木をプレゼントしてくれることになっている。それぞれの花が咲き始めると、「もうすぐ○歳だね」と嬉しい気持ちになって誕生日を楽しみに待つことができるので、素敵なプレゼントだ。けれど、困ったことに、どこに植えたらいいのやらというほど、うちの庭はごちゃごちゃになってしまっている。私は物心ついてからは庭のある家に住むのは初めてだったので、ここに引っ越してきてからガーデニングが楽しくて、夫といろいろ考えながら木や花を植えてきた。でも、なかなか頭の中で考えたようにはうまくいかないもので、期待していた以上に大きく成長してしまった木も多いのだ。2号のネムノキも、大きくなるのはいいのだけれど、もっと上に伸びるかと思っていたら、横にばかり広がっている。

ずいぶん前のことになるけれど、森林組合の人と森林に入り、間伐する木を選ぶ作業を手伝ったことがある(見ていただけだけど)。そのとき、聞かれた。「rokiさんだったら、この木は残す?残さない?」 間伐をする木を選ぶ考え方はいくつかあるけれど、一本一本の木を見るだけではなく、周りとのバランスも考えなくてはならないから、簡単なことではない。ところが、その森林組合のおじさんは「まあ、この山の木を伐採して使うのは50年後くらいのことだからね~、その頃になっちゃえば、今、伐るか伐らないかの判断をちょっと間違ったとしても、取り返しがつかないなんてことないんだよね~」とのんきなことを言っていた。
大学のときに木の成長量に関する証明を習ったときには、方程式の中で1年という意味で1という数字が出てきたときに、「木の寿命は100年以上もあるので、その中の1年というのは非常に小さいものであり、0と考えてもよい」と先生が言い、その1を0に変えて証明を進めていったので驚いた。そんなんでいいのかなあと思ったけれど、証明はきれいにできていた。
よく言えば雄大、悪く言えば大雑把。森林のそういうところに私は魅力を感じているんだろうなあと思う。人間よりもずっとずっと大きな存在である森林。だから人間は昔から木や森林に畏敬の念を抱いてきたのだろう。

でも・・・。森林とガーデニングは違うのだ。毎日眺めて楽しむ庭に、大雑把に木を植えて、「50年後には・・・」なんて悠長なことは言っていられない。3号の木を植えるときまでの猶予期間は1年。それまでにはなんとかしなければ。
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by roki204 | 2006-07-13 15:14 | こどもたち

いつも一緒

昨日の夕方からこども2号が熱を出した。ほかには特に気になる症状もなく、今朝は熱は下がっていたけれど、念のため病院へ行くことにした。それで1号一人が保育園へ。
こどもたち二人はたいていの場合、一緒にいる。私にとっては、二人ともいるというのは普通のことだし、二人ともいないというのも保育園に行っていたり、夫と遊んでいたりなどでよくあることだ。けれど、どちらか一人だけが私と一緒にいるということはあまりないこと。だから、1号を保育園に送っていった後、2号と私の二人で過ごしていたとき、なんだか欠けているという感じがして変な気分だった。
こどもたちも同じように感じていたらしい。1号は保育園に行く前、「2号、ママがいるから一人でも大丈夫?」とか、「2号もお熱下がって元気だったら、お迎えに来てね」などと言っていた。2号は2号で、1号が保育園に行って1時間もしないうちから「1号は?」、「お迎え行く?」と、10分おきくらいに言っていた。その都度説明はしたけれど、昼寝から目が覚めた頃、もうがまんの限界が来てしまったらしい。寝ぼけていたせいもあるかもしれないけれど、「お迎えに行く」と言ったきり、むすっとして口をきかなくなってしまった。仕方がないので保育園に電話し、少し早めに迎えに行くことに。「行くよ」と言った途端、2号は機嫌を直し、しゃべり始めた。
6時間半ぶりに再会した二人は、派手に騒ぐわけではないのだけれど、とても嬉しそうで、2号は1号に抱きついていた。
「2号が朝からずーっと早くお迎えに行きたい、早くお迎えに行きたいって言ってたから、ちょっと早く迎えに来たんだよ」と私が言うと、1号はすごく喜んでいた。そして何度も何度も「2号はなんて言ってたの?」と聞いてくる。そのたびに「早く迎えに行きたいって言ってた。1号のこと大好きなんだね」と言うと、にこにこと笑っていた。

きょうだいでも、いつも一緒にいるという期間はそんなに長くはないのだろう。大きくなれば別々に行動することが増えてくるし、1号と3号では5歳の差があるので、三人一緒という時期はあっという間に過ぎてしまうのかもしれない。だからこそ一緒にいられる時間を大切にして、大きくなってからも、今日の1号と2号のように三人が仲良くしていられるように育てていきたい。そんなふうに考えていたのだけれど・・・。
夜になると、あの「感動の再会」は何だったの!?と言いたくなるくらい、いつものように派手にケンカをしていた1号と2号。いないと寂しい。でも、いると楽しいときばっかりじゃなく、腹の立つときも。それが、きょうだいってものなんだろう。そんなふうに思いつつ適当にあしらっていたら、いつの間にか二人は仲直りをして、また遊び始めていた。
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by roki204 | 2006-07-12 00:06 | こどもたち

甘え上手

例えば、私に「ちゃんとお片づけしなさい!」って叱られたとき。
こども1号の場合、渋々片付け始めるのだけれど、ものすごーくイライラしていて、自分は不当な扱いを受けているんだということを示したいらしく、おもちゃを箱に投げ込んだり、足をドンドンと踏み鳴らしながら歩いたりする。それで、「そんなやりかたじゃだめでしょ!」ともっと叱られることになる。毎度のことながら、ヘタクソだなあと思う。
2号の場合、にこにこしながらボールペン一本だけを片付け、「きれいになった?2号おりこう?」得意げな顔。そう言われちゃうと、全然きれいになってないじゃん!と思いつつも「うん、ちょっとだけきれいになったよ。おりこうだよ。もう少しがんばってね」などと言ってしまう。毎度のことながら、コイツはうまいよなあと思う。

例えば、こどもたちが新聞を読んでいる夫に何かやってほしいことがあるとき。
1号の場合、「お父さん、2号がトイレ行きたいって言ってるから、一緒に行ってあげて」
夫「えー、1号が行ってあげてよ」
1号「お父さんが行ってよ!」(すでに怒っている口調)
夫「いやだよー」
1号「もういいよ!お父さんなんか、知らない!」(すごい剣幕で怒りながら、結局は自分でやるはめになる)
夫と私は、毎度のことながら、ヘタクソだなあと顔を見合わせる。
2号の場合、にこにこしながら「お父さん、歯磨きやって~」と甘えた口調で言い、新聞の下に潜り込んで、夫のひざにごろんと転がり、あ~んと口を開けて歯ブラシを差し出す。かなり強引。でも、そこまでやられてしまうと、夫も「仕方がないなあ」と言いながら新聞を置き、歯磨きをやってあげることになる。そして、夫と私は、毎度のことながら、コイツはうまいよなあと顔を見合わせる。

冷静に考えれば、1号のほうがいい子で、2号は困ったちゃん。それなのに、天然の甘え上手な2号は、あまり叱られずにすんでしまう。1号だって、とてもかわいらしく甘えてくるときも、もちろんあるのだけれど、不器用なために損をすることも。2号は得な性格だよなあと、私も時々うらやましくなる。
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by roki204 | 2006-07-09 11:16 | こどもたち

七夕の願い事

七夕には短冊に願い事を書いて、笹につける。私が最後にそんなことをしたのは、何年前だろう?
家では億劫なので、そういう年中行事をやらなかったり、簡単に済ませてしまったりするけれど、保育園ではまめにやってくれる。まだ願い事の意味もわからない0歳児の頃から、毎年6月の終わり頃に先生が短冊をくれて、それに願い事を書いて提出していた。その短冊は、先生たちがきれいに飾りつけた笹につるされ、7月7日には七夕会をやり、笹を持って帰ってくる。
こども1号は、今年初めて自分で願い事を書いた。

「ぷり>あになりたいよ」

「プリキュアになりたい」と書こうとしたのだけれど、いまだに「プリキュア」では「プリクア」だと勘違いしている。そして、カタカナは書けないのでひらがなで書き、「く」は左右がひっくり返ってしまった。「なりたい」と書いたあとは、「『よ』もつけて、『なりたいよ』にしてもいい?」と。ちなみにプリキュアというのは、女の子二人が変身して、悪者をやっつけるアニメ。
2号は、まだ字を書けないので、私が書いた。1号は、「2号はプリクアの茶色い髪の人になりたいんじゃない?」などと言っていたが、2号は「ジャスミンになりたい」。プリキュアよりディズニーのプリンセスがお気に入りのようだ。

1号は、去年も「セラームーンになりたい」とかなんとかだったと思う。一昨年は「ディズニーランドに行きたい」。
3年前はまだ2歳で、願い事というのを説明しても意味がわからなかったんだと思う。「何を書く?」と私が聞くと、「1号を描いて」。1号の絵を描いてあげると、「ママ描いて」、「お父さん描いて」。そして、当時はまだ2号は私のおなかにいて、まもなく産まれるという状態だったのだけれど、「赤ちゃん描いて」。
その短冊を、「まだ願い事の意味がわからず、家族の絵を描いてくれというので描きました」と言って先生に提出すると、先生は「1号ちゃんはきっと、赤ちゃんが元気に産まれてきて、家族みんなで幸せに暮らせますようにって願っているんですね」と言ってくれた。1号が本当にそう思っていたかどうかはアヤシイけれど、そんな素敵なことを言ってくれた先生の気持ちが本当に嬉しかった。

今、保育園に飾られている笹には保護者用のものもある。どんなことが書かれているか見てみたら、みんな家族の健康や幸せ、こどもの健やかな成長を願うものだった。私ももらっていたのだけれど、それは当然の願いではあっても、みんなと同じことを書くのもな~と思って書いていなかった。もっと違う願い事を書いた人はいないのかなと思って見上げると、一つだけ見つけた。
「少しでいいからスリムになれますように」
そうだよね、親だからって子どものことばっかりじゃなくて、自分のことで願い事があっていいはずだよね、となんとなく嬉しくなった。
私も何か書いてみようか。本当に一つだけ願いが叶うのなら、と考えると、「憲法9条を守り、戦争のない世の中になりますように」と願いたくなるような今の状態が悲しくなってくるけれど、それは願うのではなく、行動することで叶えられるだろうか。年に一度の七夕くらいは「産後、たるんだおなかとおしりが引き締まりますように」とか、夫にも「ゴルフで100を切れますように」とか書かせて、こどもたちと一緒に無邪気に楽しみたい。
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by roki204 | 2006-07-07 12:29 | ひとりごと