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にぎょーちゃん

こども2号の名前、ここでは仮に「にごう」とする。私たちはいつも「にごうちゃん」と呼んでいるけれど、保育園の先生たちには「にーちゃん」と呼ぶ人もいる。そう呼ばれるのも、2号はけっこう好きみたい。夫が2号に聞いた。
「先生は『にーちゃん』って呼ぶの?」
「うん。お父さんは『にぎょーちゃん』って呼ぶよ」と2号。
2号は自分の名前をまだはっきり「にごう」と発音できない。だいぶはっきりしてきたけれど、少し前に、夫がからかって「にぎょーちゃん」と言っていたのを覚えていたのだ。からかわれたときは、2号は怒っていた。

夫「にぎょーちゃんっていう名前じゃないの?」
2号「違う!」
夫「じゃあ、なんていうの?」
2号「にぎょーちゃん!!」

ほかの人が「にごう」と言わずに「にぎょー」と言うと、その違いがわかるのに、自分で言ったときには「にぎょー」になっていても「にごう」とちゃんと言えているつもりらしい。
2号は苗字もちゃんと言えない。仮に「ちばやま」だとすると、「ちばまや」という具合にひっくり返して言っているのだ。
名前をちゃんと言えないようでは、迷子になったときに困るんじゃないかとも思うけれど、友達のお姉さんがまだはっきりしゃべれないくらい小さかったときに、買い物をしていた店で迷子になったという話を聞いたことがある。店員さんに名前を聞かれて、その子は「タタタチタトちゃん!」と答えたそうだ。何度聞いてもそういうふうにしか聞こえず、しかたがないので店員さんは「タタタチタトちゃんの保護者の方・・・」と店内放送で呼び出したところ、友達のお母さんは「あ、うちの子だ!」とすぐに気がつき、無事に会えたそうだ。
もし2号が迷子になっても、「ちばまやにぎょー」って呼び出してくれれば私たちもすぐにわかるから大丈夫かな。
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by roki204 | 2006-05-31 01:10 | こども2号

異年齢保育

こないだの親子遠足で、公園で遊んでいるときにこんなことがあった。
その公園には、とても長い滑り台があって、みんなが並んで滑っていた。一番長い滑り台は友達のママがついていってくれたけれど、それよりは短い滑り台は1号が一人で行った。私は少し離れたところから様子を見ていた。すると、前の子が滑っていってもういないのに、1号はなかなか滑ろうとしない。怖がっているわけでもなさそう。そして、やっと滑り出したかと思ったら、足を横に出して柵に引っ掛けて止まっている。また滑り出したけれど、また止まる。後ろから滑ってきた子たちがぶつかってしまっていた。たまたま足が引っかかっちゃっただけ?でも、わざとやっているようにも見えた。わざとだったら良くないなあとは思ったけれどよくわからなかったので、1号が降りてきたときに「足を閉じて滑らないと、引っかかっちゃって危ないんじゃない?」と言ってみた。すると1号が言った。
「違うよ。下に小さい赤ちゃんがいて、滑っていってぶつかっちゃったら危ないと思って足を出して止まってたんだよ。さっきぶつかっちゃった子がいたから」
なんだ、そういうことだったのか!1号、えらいね、小さい子に優しくできていい子だね、といっぱいほめた。後で夫にも話すと、夫もほめたので1号は嬉しそうだった。

こどもたちが通う保育園は0・1歳児が同じクラス、3・4・5歳児も同じクラスだ。2歳児だけは単独クラスだけれど、0・1歳児クラスと一緒に遊んでいることも多いし、園庭で自由に遊ぶときにはクラスは関係なくごちゃごちゃになっている。そんなふうに異年齢の子どもたちが一緒に過ごしているせいだと思うのだけれど、その保育園には自分より年下の子に優しく、面倒見のいい子が多い。うちのこどもたちも年上の子にはかわいがってもらっているので、憧れのお姉さんというような子が何人もいるし、年下の子には自分がしてもらっているように面倒を見てあげなくちゃという気持ちがあるようだ。
うちの周りには小さい子どものいる家はあまりなく、保育園以外では同じ年頃の子どもと遊ぶ機会はほとんどない。たまに公園で会った子や親戚の子と遊ぶことはあるけれど、毎日ではないし、親の立場からするとなかなか公平に扱うということができず、トラブルを避けようとして自分のこどもに我慢をさせてしまうようなこともある。その点、保育園では平日は毎日遊べるし、先生はどの子も公平に扱ってくれる。そして、先生もよく言っていることだけれど、異年齢保育ならではの、年下の子を世話したり、年上の子を見習ったりという子ども同士の関わりが見られるそうだ。

2歳児クラスまでは一緒だった友達も、3歳児からは幼稚園に移る子もいる。料金が安いからとか、仕事を辞めることにしたからとか、私が聞いた人たちはそんな理由だった。でも、中には幼児教育を考えての人もいるんだろうか。
最近よく聞く幼保一元化。幼稚園は文部科学省所管で幼児のための教育機関であり、保育園は厚生労働省所管で保育に欠ける乳幼児のための保育施設だ。それを一元化するというのはかなり昔からあった話らしいが、最近言われているのは、共働きの親が増えたせいで幼稚園では人が減り、保育園では待機児童がたくさんいるという事情からだそうだ。また、小学校入学当初は幼稚園で教育を受けてきた子たちと保育園出身の子たちとに差があることを気にしている人もいるようだ。前に同じ職場にいた人がそれをかなり気にしていて、幼稚園並みに教育をしてほしいと言っていた。共働きであればこそ、家で子どもに文字や数などを教えてやる時間が取れないから保育園で教えてほしいと思うのかもしれない。幼稚園でも延長保育をしているところなら親が働いていても通わせられるから、幼稚園へ移ろうと考える人もいるのかもしれない。
うちの近くには延長保育をしている幼稚園もある。だから今のようにフルタイムで働きながらでも通わせることは可能だ。でも、幼稚園では年少・年中・年長が別々のクラスで、3歳児未満の子どもはいない。異年齢での関わりは多少はあるだろうけれど、保育園に比べればずっと少なそうだ。それなら私は、うちのこどもたちをずっと今の保育園に通わせたいと思う。読み書きを覚えるのが少しくらい遅くなったってたいした問題ではないし、いざとなれば私にだって教えてあげることはできそうだ。だけど、0歳児から5歳児までの子どもたちと一緒に過ごすなんてことは、家では経験できないことだから。そういう経験を通して、相手を思いやることを覚えていってくれたら、と思う。
幼保一元化をする必要がないとは思わない。所管する省が違うせいで縄張り争いのようなことをしたりするのではなく、本当に子どもたちのことを考えて、保育園・幼稚園のそれぞれの良さを生かした施設を作っていくということならば、進めていってほしいと思う。
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by roki204 | 2006-05-28 14:00 | ひとりごと

ザリガニ騒動その2

昨日の夜、夫が「あれ、ザリガニが・・・」と言うので、今度は何だろうと思ったら、「脱皮か、交尾か・・・?わからないけど、そっとしておこう」と。
私もこども1号と一緒に見に行ってみる。そーっと覗いてみると、2匹が抱き合うような格好をして横になっている。脱皮しているのが2匹に見えるというのなら、同じ向きになっていそうだけれど、向かい合う形でくっついているので脱皮ではなさそう。ってことは交尾?心なしか片方はいつもより赤い色が鮮やかに見える。
「抱っこしてて1号と2号みたいだね(*^_^*)」と1号は喜んでいる。
「静かにしていてあげようね」と言って、その場を離れた。
今朝、見てみると、ザリガニたちは何事もなかったかのようにそれぞれの植木鉢の中に入っていた。抜け殻はなかったから、やっぱり脱皮ではなかった。
もう少ししたら卵を産んで、それから赤ちゃんがいっぱい産まれるのかな。私と同じだね、となんとなく仲間意識が芽生えるのだけれど、いったいどっちがママなんだろう?(笑)よくわかんないけど、ガンバロウね。
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by roki204 | 2006-05-26 22:56 | 家族

親子遠足

昨日は保育園の親子遠足。3歳児以上だけの行事なので、参加するのは4歳児クラスのこども1号と私。2歳児クラスの2号は留守番。
「ねえ、1号はママと親子遠足行っちゃうけど、いいでしょ?2号は行けないんだけど、1号はママと行ってくるからね。いいよね?」
と1号は繰り返し2号に言っていた。我慢するように言い聞かせているというよりは、自分だけ行けることが嬉しくて自慢しているといった様子。
当日も1号は機嫌よく起きてきてはしゃいでいた。2号は始めはちょっとふくれっ面をしていたけれど、私たちがお弁当で持っていくのと同じものを2号の朝食としてきれいにお皿に並べておいたのを見たら機嫌が直った。
そして保育園へ。その頃から1号はだんだんと口数が少なくなり、私の手を離さなくなった。友達に話しかけられてももじもじしているだけで返事もしないし、バスに乗り込んでからもほとんど一言もしゃべらない。私が話しかけたときですら、首を縦か横に振るだけ。あんなにはしゃいで楽しみにしていたくせに、「いつもと違う状況」には極端に弱い性格なので緊張してしまっているのだ。去年の遠足のときもそうだったので予想通りのこと。後で夫にこのときの様子を話したら、夫も「1号らしい、目に浮かぶ」と笑っていた。夫自身、小さい頃はそうだったので、余計に1号の気持ちが理解できるのだろう。
そういうときにありがたいのは、先生たちも1号のことをよくわかってくれているので、無理に歌わせたりレクに参加させたりしようとはせず、そっとしておいてくれること。4クラスが5台のバスに分乗するのでクラスはばらばらになるのだけれど、先生の配慮か偶然か、私たちが乗ったバスの担当は1号の担任の先生だったのでよかった。もっとも、担任じゃなくても先生たちは園児全員の名前はもちろん、性格もなんとなく把握しているようなので、感心してしまうのだけれど。
やがて目的地の公園に着き、そこで写真撮影。その後の自由行動では1号はずーっと同じクラスのYくんと一緒に遊んでいた。二人で手をつないで走り回ったりもしていた。仲がいいというのは知っていたけれど、最近の会話で出てくるのは女の子と友達の名前ばかりだったので、ちょっとびっくり。でもYくんのママは保護者の中で私が一番仲良くしている人たちの一人だから私も気が楽だったし、おなかに3号がいるので私がついていってやれない大きな滑り台などはYくんのママが一緒に行ってくれたので本当に助かった。
そこの公園には水遊びができる大きな池や水路があり、1号は風邪気味だったのでやらせたくはなかったけれど、昨日はとても天気がよく暑かったのでこどもたちに我慢できるわけもなく、結局水遊びをやることに。パンツまでびちょびちょにして楽しんでいた。
そんなふうにして1号は、朝は緊張していたものの、落ち着いてからはとても楽しめたようだった。私も1号と遊びつつ、のんびりできたのでよかった。来年は2号も1号と一緒に参加する。3号が1歳にもなっていないので、どうすればいいのかなとちょっと心配もあるけれど、そんなことはどうにでもなるだろうし、今から来年の遠足が楽しみになってきた。

ただ、二つばかり残念なことが・・・。
一つは保育園の駐車場にぎっちり詰めてみんなが車を並べていたのに、うちの車のフロントガラスだけ集中的に鳥のフンが5つも付いていたこと。1羽が5つも立て続けにするとは思えないし、群れて飛んでいる鳥ってみんないっせいにフンをするのかな?
もう一つは、昼間は暑い中でたっぷり遊び、帰ってきたらお風呂に入り、夕食では餃子と今年初めてのそら豆が出てきて、これだけ条件が揃っていたのにビールが飲めないってこと。しかたなくこどもたちと一緒に麦茶を飲んだけれど、同じ麦でも大きな違い。「こういうときはビール飲みたいのになあ」と愚痴っていたら、1号に「マリオくんが産まれたら飲めるよ」と慰められた。うんうん、そうだよね。授乳の合間に飲めるよね。ありがと、1号。
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by roki204 | 2006-05-25 23:16 | こども1号

ないしょ話

こども1号がにこにこしながら私のそばへ来て、耳元で囁いた。
「今ね、2号が小さいおならをしたんだよ」
「えー、そうなの?」私も小さい声で答えた。
1号は口の前で人差し指を立てて
「しー!ないしょだよ」
と楽しそうに言って、戻って行った。
そして2号に一言。
「2号!ママに2号が小さいおならをしたって、言ってないからね!」
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by roki204 | 2006-05-24 19:23 | こども1号

カボチャとトウガン

昨日の午後、我らが笠地蔵、じいじが「何か野菜いる?」と聞きに来てくれた。タマネギはまだあるけど、何でもいいからほしいと答えると、しばらくしてから持ってきてくれたのはイチゴ、三月豆、キュウリ、レタス、キャベツ、ダイコン、ネギ。おかげさまで、夕飯のための買い物に行かずにすんだ。
今日は、三月豆は母屋ではあまり食べないので好きなだけ採っていいよと言われたので、めずらしく自分たちで採りに行った。三月豆だけでなく、イチゴとキュウリも。豆は難しかったようだけれど、イチゴはこどもたちも喜んで採っていた。
イチゴの隣にはソラマメがあった。もう少しで食べられるだろう。トウモロコシもあった。私はヤングコーンが大好きで喜んで食べていたんだけど、じいじは間引きしているだけという感覚らしく、去年は捨ててしまったものも多かったらしい。「もったいない!」と言っておいたから今年はいっぱいもらえるかな。

自分たちで食べるものを作っている畑であっても、めったに行かない私たちなので、庭の花や木もほとんどほったらかしだ。でも、ここのところ夫がまたガーデニングをやろうという気になってきていたので、今日は久しぶりに花屋へ行った。買ってきたのは、あんまり手入れをしないでもきれいな花をどんどん咲かすので私たちにぴったりのゼラニウム(こどもたちの希望で色はピンク)と、なぜか枯れてしまったけれど見た目も香りも気に入っていたのでもう一度挑戦したかったラベンダーと、夫がずっと前からほしがっていたアジサイ。私がほしかったマツムシソウはいいものがなかったので今日は買わなかった。植えるのは全部夫がやってくれた。こども2号はさっさと家に上がってしまったけれど、1号は楽しそうに夫を手伝っていた。

実は、花屋からの帰りに夫が「うちってアジサイ植えていいんだっけ?」と言い出し、私もちょっと心配になっていた。帰ってから確認したところ問題はなかったので植えたのだけれど、夫がこんなことを言い出したのにはわけがある。上に書いたとおり、じいじはいろいろな野菜や果物を作ってくれているけれど、この家では作ってはいけないものがあるのだ。
それはカボチャとトウガン。
理由はわからない。おばあちゃんに聞けばわかるかもしれない。で、うちはカボチャとトウガン、隣のうちは・・・、反対の隣は・・・、という具合にそれぞれ作ってはいけないものがあるそうだ。どの家が何の野菜だったかは覚えていないけれど、トマトという家もあって、小さい頃それを聞いたトマト好きの夫は「うちはトマトじゃなくてよかった」と思ったそうだ。
でも、カボチャとトウガンを作れなくても、夫曰く「大勢に影響はない」。2号と私はカボチャが好きだけれど、夫と1号は好きではないので、たまにしか買わない。トウガンは、たぶん生まれてから今までの人生の中で私は3回くらいしか食べたことがない。食べたときはおいしいと思ったけれど、どうやって料理すればいいのかわからないし、大きくてやっかい。もし義父が作っていて、しょっちゅうもらうことになっていたら、そのほうが困っていたかも。
カボチャとトウガンと書いていて気がついたことがある。漢字で書くと「南瓜」と「冬瓜」で、どちらも「瓜」がつく。話を聞いたときは漢字を思い浮かべなかったので気がつかなかった。ちなみに「胡瓜」、「西瓜」、「苦瓜」は作っている。「瓜」は全部ダメっていうんだったら、影響は大きかっただろうなあ。南瓜と冬瓜だけでよかった。
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by roki204 | 2006-05-22 00:21 | 千葉のあれこれ

里山の風景、平野の風景

一昨日、5月18日は千葉県では「里山の日」だった。2003年5月18日に全国植樹祭が千葉県で開催されたときに里山条例が作られ、その中で里山の日とすることが決められた。この里山条例は、都道府県レベルでは全国初のものだったそうだけれど、条例のことも里山の日のことも、はたしてどれくらいの人が知っているのだろう?里山の日の前後に植樹などのいろいろなイベントも開催されているし、制定から3年たって、少しは定着したのだろうか。
里山条例では「里山協定」についても定められている。これは、里山を所有していても手入れができない所有者と、里山で活動をしたい団体との間で協定を結び、その里山で団体が手入れや自然観察をしたりする活動を県が支援するというもの。
私もこの協定を結んで活動しているNPOの会員になっている。そのフィールドは谷津田と斜面部分の森林で、谷津田では古代米を作ったり、生物の観察をして、斜面林では篠竹伐りや間伐をしている。実際に私がこのフィールドでの活動に参加したのは1回だけで、その後しばらくしてこども3号がおなかにいることがわかり、参加できなくなってしまった。ちょっと残念なことだけれど、みんなは「こどもたちも連れて遊びにおいで」と言ってくれているので、そのうちまた行こうと思っている。
こんなふうに谷津田があって、斜面林があって・・・という里山の風景は、南房総にいた頃はよく見かけたので、とても千葉っぽいものだと思っている。東京出身の私でも、なぜか懐かしさを感じる風景だ。昔話のおじいさんとおばあさんが暮らしている「昔々のあるところ」という感じ。きっとこういうところは日本各地どこにでもたくさんあって、千葉県の特徴的な風景というわけでもないのだろう。でも、千葉県は最高峰の愛宕山でも408.2mしかなくて、山と言うよりは丘陵地帯。千葉県の森林は全部が里山と言ってもいいんじゃないかという人もいるくらい。だから全国初の里山条例が作られたりしたんだろうし、里山を千葉らしい風景と言ってもいいんじゃないかと思う。
今、私が住んでいるのは九十九里平野。里山には懐かしさを感じるけれど、ここのようにずーっと平らな地形というのは、あんまり広々としすぎていてちょっと不安になる。全国的にもこれだけ広い平野はめずらしいらしく、他県から来た人がおもしろがっているそうなので、千葉県の特徴的な風景なのだろうけれど、背もたれのない椅子に座っているような心もとない感じがしてしまう。でも、ここで生まれ育った夫にとっては当たり前の風景だから、そういうことは感じないそうだ。こどもたちもきっとそうなるのだろう。私も最近では東京の実家に帰ったときに、もともと住んでいたところだったにもかかわらず(少しは変わったところもあるけれど)「道路が広いな~」「夜でも明るいな~」と驚いてしまったりもするのだけれど、九十九里平野のだだっ広い風景に慣れるにはまだ時間がかかりそうだ。
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by roki204 | 2006-05-20 14:26 | 千葉のあれこれ

フォース

夫が帰ってきたときに、こども1号が歌っていた替え歌。
ダースベイダーのテーマのメロディーで。

♪パーパーパー 帰ってきた~帰ってきた~

こども1号は、「スター・ウォーズ」を観たわけではないのだけれど、夫や私が携帯電話の着信音に使っていたりするので、いつの間にかメロディーを覚えたらしい。こども2号もまねして歌っていたけれど、いまいち違っている。2号よりも1号のほうがフォースが強いのか?
ダークサイドには堕ちないでね!
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by roki204 | 2006-05-18 01:07 | こども1号

少子化問題

新聞は朝は読む時間がない。夜も読めずに3、4日分まとめて読むこともしばしば。
でも、昨日の朝は、一面の記事が気になって、仕事に行く前にさっと目を通した。その記事は、こどもの病気を理由に仕事を休んだり早退したりできるかという質問に、できないと答えた人が3割を超えたという内容だった。
実は、うちのこども2号も一昨日熱を出していたのだけれど、昨日は私も夫も仕事を休めなかったので、タイムリーな記事だと思ったのだ。と言っても、うちの場合はたまたま休めなかったというだけのことで、今日は早退して、咳がひどくなったこども1号を病院へ連れて行くことができた。
私の会社は子どもの病気や学校・保育所の行事のための特別休暇が年7日取れることになっている。制度があるというだけではなく、職場や上司によっても違うだろうけれど、私は今まで理解ある上司ばかりだったので、特別な仕事があるとき以外は休めないということはなかった。
もう異動してしまったけれど、去年は小さい子どもがいる男性が同じ職場に二人いて、その人たちも子どもが病気のときは時々休んだり早退したりしていた。共働きなのでどちらか休めるほうが休むというふうにしていたんだと思う。うちの職場の雰囲気は、男性がそんな理由で休むなんて・・・ということはまったくなく、そりゃ大変だ、仕事はいいから休みなさいという感じだ。私の身近にはいないけれど、男性で育児休業を取った人も今までに5人いるそうだ。私の夫は育児休業取得6人目になれるようなパイオニア精神は持ち合わせていないけれど、病気のときに休んで病院に連れて行くくらいのことは時々やっている。共働きで子育てをするには、恵まれた環境の会社だと思う。
けれど、世の中にはそういう会社ばかりではない。休むための制度がなかったり、制度はあっても周りの人の理解がなくて使えなかったりする会社は多いのだろう。また、一昨日の新聞には、分娩を取り扱う病院が減っているという記事があった。そんな状況では、子どもを産むときにも産んでからも、不安がいっぱいだ。
それなのに、昨日ネットで見たニュースでは、厚労相が将来の出生率1・39という政府目標を提案したそうだ。そして「出生率がこれぐらいあれば、日本の年金は大丈夫だという明確なメッセージを出すべき時に来ている」と言ったとか。
何を馬鹿なことを言っているのだろう。子どもを年金を支えるための道具としか考えられないのか。私たちは年金や政府の数値目標達成のために子どもを産んでいるのではない。そうしたいと思う人が子どもを産んだり育てたりすることや、産まれて来た子どもたちがいい環境で成長していくことは、憲法で保障された基本的人権ではないのか。子どもを持ちたくない人には産まない自由があるだろうし、ほしくてもできない人が肩身の狭い思いをすることはあってはならないことだ。それを、少子化問題=年金問題という貧弱な発想しかできないようでは、いつまでたっても少子化問題は解決しないだろう。
そんなエラそうなことを言っても、私たちはそれぞれの両親、特に同じ敷地内に暮らしている夫の両親の助けもあり、大きな不安もなく希望通りの人数のこどもを産むことができるし、私たちの周りでも経済的なことや仕事との両立の難しさから産むことをあきらめたという人は多くはいない。こどもたちが通う保育園には一人っ子は少なく、三人きょうだいもけっこういる。恵まれた環境にいるせいで、困っている人の気持ちを本当に理解することは難しく、なかなか自分の問題として実感することはできない。けれど、少子化問題を解決することは、子どもを育てやすい社会、子どもが安心して成長していける社会に変えていくことだと思うから、これからもこの問題については考えていきたいと思う。
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by roki204 | 2006-05-16 17:29 | ひとりごと

母の日

昨日は母の日。
実家の母には電話をした。こども1号はちゃんと「いつもありがとう」と言えたのだけれど、その後で2号にかわろうとしたら2号は「いい」だって。2号が話したいか話したくないかの問題じゃないんだけどねえ。そして、義父が母の日だということを意識していたのかどうかはわからないけれど、実家に送るようにと野菜をいろいろくれたので、それを送ることができた。

義母とおばあちゃんには花とケーキを買ってきた。あまり物欲がなく、質素な生活をしている人たちなので、プレゼントは何をあげればいいのかいつも迷ってしまう。それで母の日も誕生日も花とケーキということが多いのだけれど、喜んでくれているみたいだ。

日ごろ、あまり自覚していないけれど、私も一応、母だ。今までも保育園で母の日用にこどもたちに何か作らせてくれていたけれど、こどもたちにはよく意味がわかっていなかったようだった。今年も2号はわかっていなかったと思う。でも嬉しい。くれたのは写真立てと花。いったいどの部分を2号がつくったのやら。ほとんど先生がやってくれたんじゃないかな。
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1号はこんなカードをくれた。
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これには感動した。左側は私の絵。服にはハートの模様もつけてくれている。右側には「ありがとう」と書いてある。
1号も紙で作ったカーネーションを持って帰ってきたのだけれど、これはママへのプレゼントだとわからなかったのか、それともきれいだったからあげるのが惜しくなってしまったのか、私にはくれなかった。それなのに2号にすぐに壊されてしまって、ちょっとかわいそう。私がちゃんとしまっておいてあげればよかったかな。
そういうわけで、とても嬉しくて感動して、ああせめて今日一日くらいはこどもたちを全然怒らずにいられるといいなと思ったけれど、だめだった・・・。ここのところずーっといらいらすることが多くて、そんなに怒らなくてもいいのにと自分でも思いながらも怒ってばっかり。これはきっと妊娠中でホルモンのバランスが崩れているせいだと私は思っている、というか、それを言い訳にしている。
言い訳しなくちゃならないような母親だからというわけではなく、たとえ私が申し分のない母親だったとしても、私からこどもたちに母の日とはどういう日なのかとは教えにくい。夫は、夫にとっては母ではないのに私の大好きなマンゴーを買ってきてくれたので、夫がこどもたちに教えるということも期待できるけれど、保育園で教えて何か作らせてくれるのはありがたいことだ。でも保育園にはいろんな子がいるはず。お母さんのいない子だって、きっといるだろう。そういう場合はどうするんだろう?喜びながらも、ちょっと気になってしまった、こどもたちからのプレゼントだった。
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by roki204 | 2006-05-15 23:13 | 家族