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テレビ番組のキャラクター

私がこどもの頃にテレビでやっていた変身して悪者をやっつけるゴレンジャー、今でもアバレンジャーとかマジレンジャーとかいう名前で似たようなものをやっていて、保育園の友達、特に男の子たちには人気があるらしい。女の子向けには「プリキュア」というアニメがあって、これも女の子たちが正義の味方キュアブラックとキュアホワイトに変身して悪者をやっつけるというもの。とても人気があって、今では新しいシリーズをやっている。
うちのこどもたちはテレビはよく見ているけれど、もっぱらトトロやディズニーのDVDを見ているので、普通に放送している番組はほとんど見たことがない。たぶん悪者が出てくると怖がって見ていられない。だからアバレンジャーもプリキュアも番組は見たことがなくて話はよく知らないけれど、じいじたちがときどき買ってくれる子ども向け雑誌に出てくるし、キャラクター商品もたくさんあるし、保育園の友達からも聞いてくるので、そういうものがあるということは知っている。
二人ともプリキュアは大好きで、こども3号が女の子だったらプリキュアのキュアホワイトと同じ「ほのか」という名前にしてほしいと1号は言っていたくらいだ。

で、こないだ1号と子ども向け雑誌を見ていたときの会話。
1号「これなあに?」
私「ボウケンレッドって書いてあるよ」
1号「ああ、『ボケレンジャー』か」

・・・「ボウケンジャー」なんだけど。

で、今朝の会話。
夫「お父さんは夕方はお仕事で出かけるからね」
私「部落のお仕事に行かなくちゃならないんだよ」
1号「ぶらく?」
2号「キュアブラック?」

・・・「部落」なんだけど。
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by roki204 | 2006-04-30 16:37

田植え

うちの田んぼも田植えが終わったみたい。なぜ「みたい」なのかと言うと、義父がいつの間にかやっていて、夫も私も手伝ってないし、私はどこからどこまでがうちの田んぼなのかはっきりわかっていないからだ。

千葉県の風景で私が寂しいと思うのは、森林の季節変化が乏しいこと。植えられたものはスギやヒノキ、自然植生だとシイ、カシ類、房総半島をぐるっと取り巻いている海岸線にはクロマツが多い。いずれにしろ常緑樹だ。常緑樹であっても、少しは葉の色の変化があって、春には古くて濃い緑色の葉に混ざって新しく出てきた黄緑色の葉が見えるし、夏には緑が濃くなって、秋冬は少し茶色っぽくなる。でも落葉樹の劇的な変化に比べると、やっぱり寂しくて、武蔵野の雑木林が懐かしくなる。
そんな寂しさを補ってくれるのが田んぼの風景だ。田植えの頃はちょびちょびの葉っぱだったのが、だんだん育っていって一面緑になり、やがて稲刈りの頃には黄金色になる。私が特に好きなのは、穂が出る前の緑色の頃と、収穫直前の黄金色の頃。風になびいて波のように揺れている様子は本当にきれいだ。鴨川にいた頃、昼休みに自転車で田んぼのあぜ道まで行って、田んぼを眺めながら昼食のパンを食べたこともあったっけ。

千葉県南部は早場米の産地で、鴨川では3週間くらい前に田植えをやっていたようだ。一番最初にやると、千葉日報や房日新聞に写真を載せてもらえる。だからみんな急いでやるんだ、と聞いたことがあるけれど、まさかそんなことのために早く田植えをやるなんてこと、あるのかな?
鴨川には大山千枚田という有名な棚田もある。そこは特別だとしても、山あいの風景のほうが私の好みだけれど、うちの周りのように平らなところにず~~~っと田んぼが続いているというのもなかなかいい眺めだ。それに、昼休みに自転車こいで行かなくても、家から一歩出れば田んぼが目に入り、毎日見たい放題というのは贅沢なことだと思う。
ただ困るのは、田植えが始まると、去年のお米が急においしくなくなってしまったように感じること。「古米」というのは収穫から1年以上過ぎた米のことを言うそうだけれど、もう古米という気がしてしまう。まだまだ先のことだというのはわかっているけれど、早く新米を食べたいなあ・・・。
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by roki204 | 2006-04-29 23:34

「ニュー・ワールド」

昨日は健診のあと、映画を観に行った。「健診のあと映画」というのは私の定番コース。仕事は1日休みをもらえるけれど、健診は1、2時間もあれば終わってしまう。こどもたちは4時まで保育園。となれば、平日ですいているんだし、割引券もあるし、「映画で胎教しよう!」というのも当然のこと。産休に入ってからも、いっぱい観にいくつもりだ。だって、産まれてしまってからは当分の間は行けなくなるんだから。
こども1号のときにはもっと南の方に住んでいたし、車の運転もあまりしていなかった頃なので、そんなに観ていない。2号のときは予定日1週間前にも「チャーリーズ・エンジェル・フルスロットル」を観た。今回も、すでに「ハリー・ポッターと炎のゴブレット」、「フライト・プラン」、「有頂天ホテル」、「ナルニア物語」を観ている。
昨日は「ニュー・ワールド」を観た。「Vフォー・ヴェンデッタ」と迷ったけれど、PG12指定なので胎教には向かないかと思い、「ニュー・ワールド」にした。

※以下、ネタバレあるので注意!

この映画はテレンス・マリック監督作品。テレンス・マリックは寡作で有名だけれど、作るとなると多くの俳優がどんなチョイ役でもいいからと出演を熱望すると言われている。前回の作品は98年に、20年ぶりで作った「シン・レッド・ライン」。太平洋戦争の激戦地ガダルカナル島の若い兵士たちを描いている。激戦地と言っても映画の中で戦闘の描写は少なく、同じ頃に作られたスピルバーグの「プライベート・ライアン」とは対照的。マリックは自然の描写がとても多く、それがまた素晴らしくきれいなのだ。自然が美しいからこそ、戦争をすることの愚かさが際立つ、そんな映画だった。そして兵士たちは極限状態の中で、「生と死」あるいは「正気と狂気」の境である「細く赤い線」をあっさりと越えていってしまう。
これの20年前につくられた「天国の日々」のほうがよかったという人もいるようだけれど、私はそれは観ていない。でも「シン・・・」がすごくいいと思ったので、「ニュー・ワールド」もいいんじゃないかと思って観ることにしたのだ。

「ニュー・ワールド」はネイティブアメリカンの女性ポカホンタスとイギリス人入植者の男性との愛の物語。ポカホンタスは実在の人物だけれど、彼女は読み書きができなかったそうなので、今、伝えられている話は後世の人を通したものであり、彼女が本当はどう考えていたのか分からない部分や誇張されている話もあるそうだ。
この映画では、ポカホンタスがどうして入植地で暮らすようになったのか、どうして最初に恋に落ちたスミス大尉とではなく、別の男性と結婚することになったのか、というようなことはまあ納得できるような形の話になっていた。
そして、ネイティブアメリカンの国が楽園として描かれ、入植地の砦は反乱が起きたり、争いがあったり、入植地での生活が過酷であるために人間の醜い部分ばかりが表れてしまっているように描かれている。
でも・・・なんとなーく、入植者側の視点で描かれているような気がしてしまった。ネイティブアメリカンの国は楽園だった、でもしょせん楽園なんて儚いもの、いつかはさめる夢のようなもの、長くは続かないもの。だからしょうがないんだ。とでも言うような入植者側の身勝手な視点で、責任とか反省というようなものは感じられなかった。それは私がそう感じてしまっただけで、マリック監督の考えがどうなのかはわからないけれど。
自然の描写は期待通りに美しかった。それと、ポカホンタス役のクオリアンカ・キルヒャー。入植地に来てからは魂が抜けたようになってしまうけれど、自分の国にいた頃は自然の恩恵を全身に受けて生き生きと輝いていて、魅力的だった。ポカホンタスという名前は本名ではなく、こどもの頃のニックネームで「小さないたずらもの」という意味だということは今日知ったのだけれど、それがよく表現されていたと思う。
蛇足ながら付け加えると、今まで「アメリカン・サイコ」や「マシニスト」でへんな役をやっていたし(どちらも観てはいないけれど)、私の嫌いなトム・クルーズにちょっと似ているので、この映画でも実は悪い人なんじゃないかと疑っていたクリスチャン・ベール演じる夫、けっこういいやつだった。
そういうわけで、奥の深い、いろいろ考えさせられる映画だったにも関わらず、「私も結婚してここに引っ越して来たときは、外国に来たか、数十年前にタイムスリップしてしまったか、というようなカルチャーショックを受けたけれど、だいぶなじんできたことだし、これからもポカホンタスのようにたくましく生きていこう。それが私の『千葉らしき哉、人生』だ!」というのが私の感想だったりする。なんだかなあ(笑)
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by roki204 | 2006-04-28 00:28 | 本や映画

こども3号、順調です!

今日も妊婦健診に行ってきた。こども3号は順調で、心臓や腎臓や背骨も大丈夫、大きさもちょうどいいとのこと。よかった。
大きさは超音波で見て測る。でも大きくなってきたので、全身を一度に見ることはできない。頭の大きさや足の骨の長さ、胴体の太さから大きさを推定する。画像の上でカーソルを端と端に合わせてピッとやると、その長さと、標準でいうとどのくらいの週数なのかということがピッと出てくる。すごい機械だ。私の嫌いなトム・クルーズが婚約者のおなかの中にいる自分のこどもを見るために買ったというのもこういう機械だったのかな。
で、その大きさがどうだったかというと

実際の妊娠週数・・・・・・・・・・・26週5日
頭の大きさからの推定週数・・25週5日
足の長さからの推定週数・・・・27週1日
胴体の太さからの推定週数・・26週4日

というわけなので、小顔で足が長くて、ちょっぴりスリム。スタイルがいいってことだ!
そして、これが顔の写真。

f0063923_1748528.jpg


かわいいし、大きくなればハンサムになりそうだし、鼻のあたりは私に似てるみたい。・・・なんてことを言っても同意してくれるのは関係者だけだと思うけれど。

大きくなったと言っても、まだ910グラム。それが、あと3ヶ月で3倍くらいの重さにまで成長するのだからたいしたものだ。
おなかの中にいるのも楽しいけれど、会えるときが楽しみだ。
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by roki204 | 2006-04-26 17:48

誕生会

日曜日に誕生会をやった。こども1号と私の二人分。私たちの誕生日は1週間も離れていないので、毎年まとめてやっている。
1号はずっと前から楽しみにしていた。当日もとても嬉しそうで、「何歳になるの?」と聞かれるたびに、誇らしげに「5歳!」と(または、恥ずかしそうに黙って片手を広げて前に出して)答えていた。
夫の弟たちからのプレゼントは『オズの魔法使い』の飛び出す絵本だった。凝っているし、色もきれいだし、素晴らしいもので、1号も気に入っていた。2号や生まれてくる3号に壊されないかとちょっと不安・・・。
義父母とおばあちゃんからのプレゼントはかわいい洋服。毎年のことだけれど、誕生日ではない2号にも用意してくれていた。私にも商品券をくれた。これも毎年のこと。この商品券で、自分では買えないような高い化粧品を買うのも毎年のこと。
そして、みんなでケーキを食べて、ご馳走を食べて、楽しく過ごした。

おかしかったのは義父。夫の弟たちも来て、孫のお祝いで・・・となれば、子煩悩な義父は上機嫌になる。今回も絶好調だった。
ケーキを食べながら、「このカステラはどこのだ?」
(カステラじゃなくてケーキだってば)
1号へのプレゼントの絵本をいつの間にか1号より先に見ていて「こりゃあすごい」
(なんでじいじが先に見てるの?!)
みんなで1号に「誕生日おめでとう!」と言った後、「早いなあ、来年は6歳だもんなあ」
(5歳の誕生会だってのに、もう1年後の話?)
( )内はみんなから入ったつっこみ。
そして飲み始めればろれつが回らなくなるので、通訳が必要になる。
こんなじいじだけれど、どうしても1号が主役になるので忘れられがちになる私にも、ロウソクを吹き消したり、乾杯したりするたびにちゃんと「おめでとう」と言ってくれる優しい人なのだ。

私たちからのプレゼントは誕生会の前日にあげた。
何がいいかと1ヶ月くらい前から1号に聞いていたら、1号は雑誌の広告などを見ながら、ミニーちゃんの自動販売機のおもちゃや、赤ちゃん人形の「ぽっぽちゃん」をほしがっていた。ぽっぽちゃんはいいとしても、自動販売機みたいな電気じかけでピコピコするものは、始めはおもしろくても一つの遊び方しかできないからすぐ飽きてしまう。だからなるべくそういうものは買いたくない。でも、誕生日なんだから特別。どこか大きなおもちゃ屋さんに一緒に買い物に行って、「好きなものを選んでいいよ」と言って、そうすると1号は目を輝かせておもちゃを選び、私は内心「これはちょっとなあ・・・」と思いつつも「じゃあ、それにしよう」と1号が選んだものを買ってあげて、1号は大喜び、2号も何もなくてはかわいそうだから何か買ってあげよう・・・そんなふうに想像して、楽しみにしていた。
ところが、誕生日直前になって1号がほしいと言いだしたのは、ラブ&ベリーのシールの本。夫も私も拍子抜けして、「本でいいの?おもちゃでも洋服でも、なんでも好きなものでいいんだよ。よく考えてごらん」と何度も言った。けれど1号は「う~ん、おもちゃもほしいけど、やっぱりシールの本がいい」
そんなに言うんなら、というわけで近所の本屋へ。前に見てほしいと思っていたものはなかったけれど、別のラブ&ベリーの本で気に入ったものがあったのでそれにした。想像していたこととはちょっと違ったけれど、「内心、これはちょっとなあ・・・と思いつつ1号が選んだものを買ってあげて、1号は大喜び」という部分は想像したとおりだったので、よしとするか。
その本にはヘアスタイルのページもあり、1号が気に入ったのは「プチおだんごヘア」。私は3日連続でプチおだんごヘアをやってあげるはめになったけれど、喜んで本を活用しているのだから、やっぱりほしいというものを買ってあげてよかった。
そして、その本の商品紹介のページを見た1号、「6歳の誕生日にはこれを買って!」だって。気が早いのは、じいじ譲り?
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by roki204 | 2006-04-25 23:09

「こっちの手だから大丈夫」

夜、寝るとき、こども1号は夫が一緒に寝られるときは、夫の布団にもぐりこむが、一緒じゃないときは一人で自分の布団で眠る。こども2号は私にべったり。おでことおでこをくっつけるようにして、私の耳に触りながら眠る。

で、こないだ、こどもたちを寝かしつけようとしていたときのこと。
いつものように私の耳に触りながら眠ろうとしていた2号。耳に触っていないほうの左手で鼻をほじほじした後、鼻くそをぱくっと食べてしまった。

私「汚いなあ。バイキンマンだらけなんだから食べたら病気になっちゃうよ。食べちゃだめだよ。それに、そんな汚い手でママに触らないで」
2号「え?だって暖かいよ」

すっとぼけた顔で言い、右手で私のほっぺたを触った。確かに暖かいけれど、もう暖かい手で触られても嬉しい季節じゃないし、鼻くそのついた手はいやだよ。

私「暖かいけど、汚いのはいやだよ~」
2号「え?だって、こっちの手だから大丈夫だよ」

確かに、私のほっぺたや耳に触っているのは右手、鼻をほじほじしたのは左手だけど、ほじほじは汚いし、食べちゃうのはよくないんだけどなあ、私は大丈夫でも2号は大丈夫じゃないよ、なんて思っていたら、また左手でほじほじ、ぱくっ。その後、結局、左手で顔を触られた・・・。
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by roki204 | 2006-04-22 17:17

ベルリンの学校と日本の学校・社会

前回の続き。

ベルリンの学校で授業が成り立たなかったり、校内暴力が起きてしまったりすることを、パレスチナ難民キャンプのことと結び付けて考えて、希望を持てないことが人生に対し投げやりになってしまうこと、ひどいときには暴力につながるのではないかと思い、ならば、日本の学校はどうだろうか、私たちのこどもたちはどうだろうかと考える。ベルリンもパレスチナも遠い遠いところ。それにドイツと日本では教育のシステムは全然違うし、日本はドイツのように移民を受け入れてはいない。でも、希望を持てないという状況は他人事とは思えない。
日本の学校では、強制しないはずだった日の丸・君が代が強制され、東京都の教育委員会は職員会議での挙手や採決を禁止し、教育基本法は「愛国心」を持つようになどと改正されようとしている。格差は拡大し、固定していく中で、格差があって何が悪いと開き直るような人間が首相をやっている。大学を卒業しても必ずしも「いい会社」に就職できるわけではなくなり、ニートが増えているが、個人のやる気の問題とされ、社会や政治に問題があるとは考えない人も多い。そんなふうに息苦しい世の中に変わっていく中で、これから学校に通い、教育を受け、成長していくこどもたちは希望を持つことができるのだろうか。
うちのこどもたちを塾に通わせ、いい学校に入れるようにし、いわゆる「勝ち組」になれるように自衛手段を取ればいい・・・そんな問題ではない。「勝ち組」「負け組」なんていうバカげた分類があるような社会では、いつか「負け組」に転落するのではないかといつも不安を抱えていなくてはならないし、誰かを蹴落としてでも競争に勝ち、自分は「勝ち組」であり続けようとするなんてことはしたくない。
格差のない、誰でも希望を持てる社会に、とは思っても、あまりにも問題が大きすぎて、細かいことまでは考えが及ばない。誰かに突っ込まれればたちまちボロが出そうな、あいまいな思いでしかない。それでも、もっとちゃんと考えて、何か行動しなければ、こどもたちを守れないんじゃないかと不安になる。

今、読んでいる本のまえがきに、運動会の徒競走で手をつないで一緒にゴールインさせるのが悪平等の典型などと言われるが、そんなことは社会全体を説明する要素ではない、ということが書かれていた。それを読んで思い出したのは、私は小学生のとき、走るのが遅かったので運動会の徒競走が嫌いだったということ。だからって、みんなで一緒にゴールインなんておかしいと思うし、社会全体をそんなふうになんてことも考えない。
中学校では、徒競走ではなくクラスリレーというものがあった。1クラスを4チームに分けてリレーをやる。これならば、足の速さだけではなく、バトンの受け渡しも勝ち負けの大きな要素となるし、一人ひとりの速い遅いは徒競走ほど目立たない。チーム分けや走る順番は、遅い人を速い人がカバーできるように考えて決めていた。足の速い人にとっては、クラスリレーでの第一走者やアンカーのほかにも、速い人だけでチームを作ってやる選手リレーという活躍の場があった。私は、徒競走がないことが本当に嬉しかったし、苦手な人が劣等感を持つこともなく、得意な人がちゃんと活躍できるリレーのほうがずっといいやり方だと思っている。
徒競走とクラスリレーのどちらがいいかなんて話を友達としたことはないからわからないけれど、リレーなんていやだと思っていた人もいるのかもしれない。私の知らないところで、走るのが遅い人をクラスのお荷物と考えることもあったのかもしれない。遅い人で肩身の狭い思いをし、個人競技の徒競走のほうがいいと考えた人もいたのかもしれない。そして、もちろん、社会全体を考えたとき、ことは徒競走のように単純ではない。学校のクラスのことで、全員参加するものだったから遅い人が排除されることはなかったけれど、一般社会に置き換えれば、お荷物は排除するということもあるのかもしれない。
でも、このクラスリレーをヒントに考えを進めていくことはできないだろうか。きれいごとだとか理想論だとか、そんなふうに一言で片付けられておしまいになるようなものではなく、きちんと相手を納得させられるように理論的に考えられるようになりたい。そして、考えるだけでなく、行動できるようになりたい。こどもたちも私も希望を持って生きていけるような社会にするために、きちんと考えて、少しでも行動すること、それが子どもたちに対する親としての私の責任。
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by roki204 | 2006-04-20 12:54 | ひとりごと

ベルリンの学校とパレスチナの難民キャンプ

jukaliさんの「子連れ犬連れドイツ日記」でベルリンの学校の記事を読み、これはよく考えてからコメントをしたいと思っていた日、朝日新聞の土曜版では「アルナの子どもたち」というドキュメンタリー映画が紹介されていた。
私はこの映画を観たことはない。記事によると、パレスチナ自治区のジェニン難民キャンプでのイスラエル人平和活動家のアルナという女性の活動と、彼女が造った劇場での活動に参加していた少年たちのことが描かれているそうだ。アルナの演劇グループに入っていたユーセフは、アルナを母親以上と慕い、「おもちゃの銃さえも持たず狂信的なイスラム教徒でもない、ひょうきんな青年」だったそうだ。俳優になり、演劇を通して自分の気持ちを伝える、という希望を持っていた。
ところが95年にアルナはがんで亡くなり、やがて活動も停止、00年には第2次インティファーダが始まる。ユーセフはパレスチナ警察に勤め生計を支えていたが、01年10月18日、事件が起こる。イスラエル軍の砲弾が、学校にいた少女を直撃し、ユーセフは少女を病院に運ぶが、少女は彼の腕の中で息絶えた。その10日後、ユーセフはイスラエルの繁華街で民間人を銃撃し、4人の死者と多数の負傷者を出し、ユーセフと友人はその場で射殺された。
記者の「ユーセフに別の選択肢はなかったのだろうか」という問いに、アルナの次男であり、この映画の監督であるジュリアーノはこう答えたそうだ。
「生きながら死んでいるような極めて特異な環境で、憎しみがユーセフを善悪の判断もできない動物にしてしまった。そして、少女の死が引き金を引いた。彼に銃を持たせたのは占領だ。そんな彼をゲリラ戦士とでも言うのですか」

彼に希望を失わせたのはイスラエル軍による「暴力」だ。「暴力」によって希望を奪われたユーセフには、「暴力」という選択肢しか残されなかった。
ベルリンの学校とパレスチナの難民キャンプ、校内暴力とテロを比較して考えるのは無理があるかもしれない。でも、どちらも、希望を持てないことの苦しさを誰かに訴えようとする、そこから逃れようとする、その手段として「暴力」しか選べなかったのではないかという点で、つながっているように私は思う。
暴力は容認できることではない。どんな理由でも正当化はできない。私はそう思ってはいるが、ただいけないと言っているだけでは暴力はなくならない。その背景には何があるのか、それを考えなくては暴力をなくすことはできない。
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by roki204 | 2006-04-18 00:03 | ひとりごと

ピアノのレッスン

まだ早いんじゃないかという意見もあったのに、父が頑として譲らなかったために、両親からピアノをもらったのはこども1号が生後3ヶ月のときだった。その頃はさすがに何もできなかったけれど、少し大きくなると、こどもたちはドレミもわからないのに歌いながら適当に弾いて遊ぶようになった。好きなように遊ばせておけば、そのうち自分から習いたいと言うだろうと思ってやらせておいて、早く習えばいいのにという私の気持ちはなるべくこどもたちに悟られないようにしてきたつもりだ。

去年、1号が保育園の年少になったとき、同じ年の友達が数人ピアノを習い始め、1号はそれをうらやましそうに話していた。うらやましそうにしていたのは、ピアノを習っていること自体よりも、レッスン用のかわいいバッグを持っていることや、レッスンノートにシールを貼ってもらえることだったけれど、きっかけはともかく、やりたいという気持ちがあるならやってみればいいと思い、1号にもそう言ったのだが、年中になってからやりたいとずっと言い続けていた。理由はわからないけれど、1号なりに考えて出した結論だったのだろう。何ヶ月もその考えは変わらず、いよいよ年中に進級するというときにもう一度確認すると、やっと「習いたい」という答えが返ってきたので、1号がはじめから言っていたとおり、年中になってから始めることにしたのだ。
そして、初めてのレッスン。教室に入ることが決まってから3週間くらい、嬉しくて嬉しくてしょうがないという様子で、ずっと楽しみにしていた1号。かなり人見知りをするので、先生とすぐに打ち解けられるかどうか、私は心配していたのだけれど、大丈夫だったようだ。帰ってきてから、どんなことをやったのかとか、先生の名前とか、優しい先生だということなどをたくさん聞かせてくれたので安心した。レッスンノートには先生からの連絡が書いてあり、それにも1号がレッスンを楽しんでいた様子が書かれていた。
ノートにはなるべく毎日練習するようにとも書いてあったので、翌日、レッスンでやったことをやってみせてと言ったら、1号は喜んでピアノを弾き始めた。すると、2号も隣に座り、「♪灯りをつけましょ ぼんぼりに~」と季節外れの歌を歌いながら適当に弾き始めた。1号は、そんな2号にレッスンで習ったことを教え始めたが、2号は自分の弾きたいように弾き続け、1号もやがて「もうドは覚えちゃったから飽きちゃった!」と。
そりゃそうだよね。初めてのレッスンで習ったのは、「真ん中のド」「高いド」「低いド」だけ。その3つの音だけじゃ、練習したってすぐ飽きちゃうし、2号だっておもしろがってくれないよね。今はまだ「練習」よりもめちゃくちゃに弾いていたほうがおもしろいだろうからそれでいいけれど、きっとすぐにいろいろな曲を弾いて楽しめるようになるよ。そして、いつかはママの好きなショパンの練習曲やスケルツォを弾いてほしいけれど、あんまり期待しすぎないようにママは気をつけないといけないね。
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by roki204 | 2006-04-16 16:53

まっかちん

「♪春ですねー」とこども2号が保育園の発表会で歌っていたのは1ヶ月ほど前のこと。その頃はまだあんまりそんな気がしなかったけれど、この頃は「春ですねー」と思うことがたくさんある。うちの庭で咲いているハナカイドウやモモの花を見たとき、通勤の途中で田植えの準備をしているのを見たとき、夕方になるとうるさいくらいに鳴いているカエルの声を聞いたとき。こんなに暖かくなってきたのだから、冬の間ほとんど動かなくなっていたうちのザリガニたちも、そろそろ動き出すだろう。

うちのザリガニ、1匹は去年の夏、こども1号が保育園でやらせてもらったザリガニ釣りで釣ってきたもの。釣ってきた日は水槽がなかったので、バケツに入れておいたら脱走した。庭を歩いているところを見つけて、またつかまえたけれど、1号はちょっと気にしていた。
「お友達がいなかったから逃げちゃったのかなあ。もう1匹つかまえてくればよかったね」
五味太郎の「きんぎょがにげた」というお気に入りの絵本で、きんぎょ鉢に1匹だけ入れられていたきんぎょが逃げてしまい、最後は仲間がいっぱいいる池に落ち着き、「もうにげないよ」と言う。それが頭にあったみたい。
1号の意見はとてもかわいらしく、優しい子だなあと親バカながら思ったりもしたのだけれど、その意見が影響したのか、その後しばらくの間、ザリガニは増減をくりかえすことになった。増えるのはじいじがこどもたちと一緒にその辺の水路でつかまえてくるから。減るのは、買ってきた水槽があまり大きくなかったので、けんかして共食いをするのではないかと心配して夫がその辺の水路に放してきたから。
最初に1号が釣ってきたザリガニはハサミの大きさが左右で違うという特徴があって、ちゃんと区別がついたので、いつも後からじいじがつかまえてきたほうを放していた。でも、あるとき、じいじがつかまえてきたあまり大きくないザリガニと1号が釣ってきたザリガニが、仲良く寄り添っていた。これなら大丈夫そうだということで、それも一緒に飼うことにして、2匹に落ち着いたのだ。
なつくわけでもないけれど、餌をやると、つまんで口に運び、もぐもぐと食べる様子がかわいらしく、こどもたちは喜んで面倒をみていた。でも寒くなったら、餌をやってもほとんど食べなくなってしまったので、こどもたちがやりたがっても我慢させていた。

ところで、このザリガニのこと、千葉県の南のほうでは「まっかちん」と言っている人たちがいた。エビガニというのはよく聞くし、このへんの人もそう言う。けれど「まっかちん」はこっちに引っ越してからは聞かないので、ごく限られた地域でしか使わない言葉かと思っていたら、ネットで調べるとちゃんと出てきた。私が聞いたのは「アメリカザリガニ=まっかちん」だったけれど、アメリカザリガニの中でも赤くて大きいものだけをまっかちんと言う地域もあるそうだ。
うちのザリガニもいつかりっぱなまっかちんになれるかな。
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by roki204 | 2006-04-15 10:50