田植え

うちの田んぼも田植えが終わったみたい。なぜ「みたい」なのかと言うと、義父がいつの間にかやっていて、夫も私も手伝ってないし、私はどこからどこまでがうちの田んぼなのかはっきりわかっていないからだ。

千葉県の風景で私が寂しいと思うのは、森林の季節変化が乏しいこと。植えられたものはスギやヒノキ、自然植生だとシイ、カシ類、房総半島をぐるっと取り巻いている海岸線にはクロマツが多い。いずれにしろ常緑樹だ。常緑樹であっても、少しは葉の色の変化があって、春には古くて濃い緑色の葉に混ざって新しく出てきた黄緑色の葉が見えるし、夏には緑が濃くなって、秋冬は少し茶色っぽくなる。でも落葉樹の劇的な変化に比べると、やっぱり寂しくて、武蔵野の雑木林が懐かしくなる。
そんな寂しさを補ってくれるのが田んぼの風景だ。田植えの頃はちょびちょびの葉っぱだったのが、だんだん育っていって一面緑になり、やがて稲刈りの頃には黄金色になる。私が特に好きなのは、穂が出る前の緑色の頃と、収穫直前の黄金色の頃。風になびいて波のように揺れている様子は本当にきれいだ。鴨川にいた頃、昼休みに自転車で田んぼのあぜ道まで行って、田んぼを眺めながら昼食のパンを食べたこともあったっけ。

千葉県南部は早場米の産地で、鴨川では3週間くらい前に田植えをやっていたようだ。一番最初にやると、千葉日報や房日新聞に写真を載せてもらえる。だからみんな急いでやるんだ、と聞いたことがあるけれど、まさかそんなことのために早く田植えをやるなんてこと、あるのかな?
鴨川には大山千枚田という有名な棚田もある。そこは特別だとしても、山あいの風景のほうが私の好みだけれど、うちの周りのように平らなところにず~~~っと田んぼが続いているというのもなかなかいい眺めだ。それに、昼休みに自転車こいで行かなくても、家から一歩出れば田んぼが目に入り、毎日見たい放題というのは贅沢なことだと思う。
ただ困るのは、田植えが始まると、去年のお米が急においしくなくなってしまったように感じること。「古米」というのは収穫から1年以上過ぎた米のことを言うそうだけれど、もう古米という気がしてしまう。まだまだ先のことだというのはわかっているけれど、早く新米を食べたいなあ・・・。
[PR]
by roki204 | 2006-04-29 23:34
<< テレビ番組のキャラクター 「ニュー・ワールド」 >>